menu

NPO法人JATAC第20回全国活動報告会 開催

2015/10/01

NPO法人JATAC 第20回全国活動報告会が平成27年9月19日(土)~21日(月・祝日)の3日間、東京海洋大学越中島キャンパスで開催された。

第20回全国活動報告会

20周年記念シンポジウム
「長野冬季オリンピックの経験から2020年東京オリンピックに向けて」
その1:講演
長野冬季オリンピックの経験から2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けてJATACは何をすべきか

JATAC副会長 原 和正 氏

原先生1998年に開催された長野冬季オリンピックに運よくアスレチックトレーナー(以後AT)がオフィシャルとして活動することが出来ました。

1990年代は高齢化社会到来が声高に叫ばれ、当時の(社)長野県柔道整復師会・木下会長の力強いリーダーシップにより「認定スポーツ接骨師・認定高齢者ケア接骨師」制度の講習会を長野方式で94、95、96年の21カ月間をかけ自主的に開催しました。

当時、柔道整復師試験財団と日本体育協会が前年からAT養成の講習会を始めていました。財団と日体協に直接電話をして、私どもの要望を話しました。当時私は長野県の理事をしていましたので、とにかくオリンピックに参画するには2・3年位前にある程度組織化出来ていなければ無理ではないかとして、2年前には組織化しようと見切り発車で勉強会を会長に強く進言をして実施しました。あくまでもオリンピックに参画できるか高齢者の介護に参画できるか全くわからない中で、そんな約束できないことをやったってしようがないという意見もありました。しかし柔道整復師の質を上げるということにおいてはどんな勉強をしても良い訳で資質の向上をうたって140~150名が講習会を受けました。カリキュラムで足りない部分は補講を行って、足かけ3年、21回殆ど日曜・祝日を使って開催しました。出席率も非常に厳しく8割はクリアしないと役員であっても認定はしないとしました。

長野オリンピック組織委員会の医事課、体育協会、県の教育委員会のスポーツ課に講師の依頼に行きました。講習内容を全て明らかにして予定講師の名前まで書いて全部渡しました。講師派遣承諾の返事をもらいましたがオリンピック参画については中々返事は来ませんでした。2年後に丁寧なお断りの手紙を頂きました。2日後くらいに直接行って〝検討頂いたことに感謝している〟とお礼を述べ、いろいろ話をさせてもらって、参画出来なかった理由を聞いたところ、医療者から見ると何をしている団体か分らないというのが一番の理由でした。その足でボランティア課に行き〝ATとしてボランティア登録は出来ますか〟と尋ねると〝ボランティア登録は是非お願いします。ボランティアは何でも結構です。団体として登録していってください〟と。当然オリンピックでは、医師も殆どボランティアです。話が前後しますが、県の体育協会から1 996年のスケート国体で長野県選手のコンディショニングをしてくれと要請されました。何故依頼が来たのかというと、講習会を開催するにあたって長野県の体育協会に講師の派遣を依頼したからで、長野県の柔道整復師会はこういう勉強会をしているのかと。オリンピックだけではなく、まず長野県に協力してほしいということでした。組織のほうに話して〝誰か行ってくれないか〟と言うと役員も誰も手を挙げない。受講者全員に組織として声かけをしたが誰一人手を挙げない。言いだしっぺだったので私一人が行きました。2月にもスキー国体に来てくれと要請があり、みんなに話したが誰も手を挙げない。親しい会員に頼んで2人でスキー国体をやりました。当時私は接骨院を一人でやっていましたので1月に1週間休み、2月に1週間休んで非常に辛かったです。それで現在も長野県はずっと国体にJATACからATが帯同して行っています。結局、体育協会に協力したことで、最終的に体育協会がJATACを長野県オリンピック組織委員会に推薦してくれました。それがやはり大きかったです。

最終的に1年前の97年1月に連絡が来ました。要請してから2年以上経っています。入れるということになって、其処から又ひたすら勉強です。柔道整復師用語で話しをしていたら相手に話が通じません。また柔整評価ではダメなんです。標準医療の評価をキッチリと勉強会をやりました。社団に話をして講習会を受けた人たちはJATACの会員として、最終的には55名が参加しました。講習会に参加しない人は認めなかったということです。オリンピック組織委員会というのは細かいことがいっぱいあり、完全な役人組織です。要綱を作るにあたってマニュアルがなくて本当に苦労しました。

選手村の課長から電話がかかってきて、クレームが出たということでした。内容は〝もし柔整のアスレチックトレーナーがフィットネスセンター棟内で活動するのであれば私たちPTはオリンピックでの協力は辞退する〟というものでした。とにかくここで躓いたのではまずい、クレームに対してどういう風に反論するべきか。相手を攻撃することは一切しませんでした。アスリートファースト、とにかく選手を大事に、世界のスポーツ界の潮流と、スポーツの分かる医療者でなければならない。それを前面に出して反論文を書いて、課長に持っていきました。その後、何も言われずに通過しました。其処で一気に突っ走っていきました。ただ、私どもは器具の取扱いについて講座に入れていなかったのでトレーニングマシーンの勉強会をしました。 オリンピックというのは実は2週間しかない。ただし選手村をオープンするのは1週間前です。1日会員4名常駐、2か所で8名。55名の会員が毎日日替わりです。全部記録を残して翌日のトレーナーが誰だれがどうなっているということを全部書くようにしました。朝8時にはもう体制を整え、夜終わるのが22時です。結構選手たちは遅くまで来ます。就業時間が一日14時間できつい、ご飯も冷たくておいしくないし、本当にかわいそうだった。また、その日のリーダーが全て責任を持つことになっており、何かあったらそのリーダーが全部責任をとって、私の携帯電話に。全体的な責任は私になっていました。事前に厳しいリーダー研修も行いました。

オリンピック参加国は72カ国、オリンピック村への入村選手・役員は3,200名強、この内約500名は白馬、志賀高原、野沢温泉等に宿泊。このオリンピックに、Drおよびトレーナーを帯同した国は33カ国、不帯同は9カ国、不明30カ国。この施設でJATACのケアを受けた選手役員は54カ国、269名(9割以上が国外選手)でした。選手村入村者の1割が、私どものケアを求めた。予想を上回る世界のトップアスリートがJATAC(NAGANO)が運営したトレーナールームを活用してくれました。競技種目別ではスケート系73名、スキー系69名、ソリ系60名、その他12名でした。業務内容は手技療法、ストレッチング、テーピング、アイシング等。フィットネスセンター(トレーニングルーム・サウナ・シャワー・トレーナーズルーム含む)利用者は7,353名でした。

2020東京オリンピック・パラリンピックに向けて何をすべきか。組織委員会対応①NPO法人JATACの組織として協力する意思をはっきり示すこと②医療の一員として参加協力するのか、コンディショニングとして参加するのか、両者なのかによって対組織委員会での対応部署が違う③医療の一員で参入やアスレチックトレーナーとして参入どちらで折衝するにしてもボランティア登録する必要がある④何処(選手村内or競技会場)でどのように対応、活動の意思表示⑤アスリート本位での計画書および内容作成⑥JATACatcの特徴(医療系資格を有しているATであることを前面)をだす⑦次回全国活動報告会に2020東京オリンピック・パラリンピック組織委員会ボランティア担当者を招待or講師として招く⑧組織の活動実績をPR用として持参する。また会の趣旨、目的、規約等も持参する。長野冬季オリンピックでの成功例を資料として添え提出する。まとめとしては東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会に出向き、協力姿勢を示すことが絶対条件である。オリンピックに関する全て(良否に関係なく)を記録に残すことで、後世に有効活用が可能となる。

 

 
前のページ 次のページ
大会勉強会情報

施術の腕を磨こう!
大会・勉強会情報

※大会・勉強会情報を掲載したい方はこちら

編集部からのお知らせ

メニュー