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ビッグインタビュー:WAN(認定NPO法人ウイメンズアクション ネットワーク)理事長・上野千鶴子氏

インタビュー 特集

東大の入学式で祝辞を述べ、センセーションを巻き起こした東大名誉教授の上野千鶴子氏は、日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニアとして今の時代を席捲している社会学者である。
15年前に書かれた「老いる準備ー介護することされること」以来、介護分野の研究も続けられ、数多くの提言をされている。 
その上野千鶴子氏に朝日新聞の「悩みのるつぼ」でのご回答のように、多くの問題にズバリキッパリ答えていただいた。

やっと「在宅ひとり死」が可能になった今、介護保険を絶対後退させてはなりません!

ビッグインタビュー:WAN(認定NPO法人ウイメンズアクション ネットワーク)理事長・上野千鶴子氏

WAN
(認定NPO法人
ウイメンズアクションネットワーク) 
理事長 上野千鶴子 氏

―本誌で5年前に取材させていただいた武蔵野市の男女共同参画フォーラム記念講演会『本当は家にいたい 私の最期の時間』でご講演され、冒頭で〝武蔵野市民になりました上野千鶴子です。日本で住みたい町ナンバーワンの武蔵野市に転居してきて大変うれしい。でも私の選択の基準は町が美しいとか便利というより、そこに介護資源があるかどうか、テーマどおり「武蔵野でひとりで死ねるかどうか」〟と述べていらっしゃいます。あの講演から5年経ちましたが、いま上野先生はどのように感じていらっしゃいますか?

私が住んでいるタワーマンション2棟には、540世帯が入居しています。この540世帯の中でのおひとりさま率は、たぶん2割位と思います。管理組合主催で、入居者限定の講演会を時々開いていますが、その中で私がコーディネートをして、徒歩10分圏内にいらっしゃる訪問医療・訪問看護・訪問介護、その3点セットの専門職をお招きして〝このマンションでひとりでお家で死ねますか?〟というシンポを開催したところ、大受けでした。

今の住まいのロケーションは医療・看護・介護の資源が近くにあるので非常に恵まれています。とはいえ、介護保険が今どんなことになっているのか。昨年の12月16日に第88回社会保障審議会介護保険部会が開かれて、2021年度(第8期)介護保険法改正における案が示されました。既に要支援は介護保険から外れていますし、要介護1、2の軽度者はずし、ケアマネのケアプラン作成料の有料化、所得に応じて自己負担率を2割、3割に上げる等々、それらの案を出してから世論の反発を怖れていったん引っこめましたが、小出しにしながら規定の路線化していくのはいつもの政府のやり口ですので、絶対に押し戻さなければと思っています。本当に放っておくと何が起きるか分かりません。折角、自分達がゲットしたものがうかうかしていると奪われてしまいます。

―上野千鶴子先生は、昨年の4月12日に東京大学入学式の祝辞で、〝貴方達はがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会が貴方達を待っています。そしてがんばったら報われると貴方がたが思えることそのものが、貴方がたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。貴方達が今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまで貴方達の周囲の環境が、貴方達を励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです〟や〝大学で学ぶ価値とは、既にある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身につけることだと、私は確信しています〟と述べられセンセーションを巻き起こしました。逆に上野先生はこの大反響や学生の反応等について如何思われましたか?

反響のジエンダーギャップが、凄く大きかったですね。一番反響があったのは、40代50代の女性です。涙なしに聞けなかったという方がおられて、やはり1985年の「男女雇用機会均等法」施行後に職場に出た女の人たちがどんなに辛い思いをしてきたのかということが、よく伝わりました。考えてみれば18歳の子供にとって、学校ではタテマエ上男女の不平等はありませんから、言われても理解できないでしょうし、女の子でもピンとこないという人はいました。男の子は〝こんなこと言われても祝われている気がしない〟等の反発がありました。しかしながら、東大生の強制わいせつ事件があったのは事実ですし、処分されたのも事実です。それだけでなく、東大女子は入れないテニスサークルが今でもあると知って、あきれ果てました。

―やはり東大の入学式の祝辞で〝学部において女子学生の比率は約20%、大学院に入ると修士課程25%、博士課程30.7%になり、研究職になると、助教の女性比率18.2%、准教授11.6%、教授職で7.8%と低下。女性学部長・研究科長は15人の内1人で歴代総長に女性は居ません〟と話されました。因みに衆議院で女性は1割、参議院で2割程度です。また、「男女格差(ジェンダーギャップ)報告書」で、日本は過去最低の121位とありました。何が原因とお考えですか?

他の国は努力して変えてきています。例えば、男女賃金格差は、「国例女性差別撤廃条約」を批准したところではどこの国でも縮小しています。そのあいだ、日本は何もしなかったせいで、変化がありませんでした。変化が無いせいで変化した国に追い越されて、日本はどんどん悪くなったというよりも、変化が無いことで取り残されたというのが現状だと思います。

そうは言っても多少の変化はあります。かつてあった男女の「壁」、例えば進学率のジェンダーギャップは縮小しています。これまで女子は短大までで、4大の進学率には男子との差がありましたが、今は短大より4大に行く方が増えました。しかも大学院になると女子が増えます。大学院生は研究者予備軍ですが、院生と助教のあいだに壁がありました。その壁は助教から准教授に移行するところまで移りました。なぜかというと任期付きの助教までは女性が参入できるようになりましたが、次の壁が准教授です。准教授になれば任期なしの雇用で、いずれ教授になります。任期付き雇用には女性が増えましたが、次の任期なし雇用とのあいだの壁が残っています。という訳で、壁は少しずつずれてきてはいます。

同様に企業でも、係長レベルはほとんど問題ありません。いま管理職比率で問題になっているのは、課長職以上です。なので壁の位置がちょっとずつ上に移っています。その程度の変化はあります。また日本は国際的に女性経営者比率が高い社会です。何故かというと、家業経営、同族経営の中小零細の企業が多いので、未亡人と娘の後継が多いからです。ですが、従業員500人超の規模の企業になると、女性比率は激減します。

2018年5月に、「候補者男女均等法」が国会で全会派満場一致で決まりました。ところが問題はこれに罰則規定が無く、努力義務のみです。WANでは候補者男女均等法についてデータをとりました。昨年の参議院選での各政党の候補者の女性比率が5割を超しているのは社民党と共産党だけで、立憲は5割ギリギリ。なにしろ自民党は15%、公明党はそれ以下の8%です。つまり名目だけの法律はどんどん作っていても、何の実効性もありませんし、何も変わりません。結局全党派を合わせて、参院選の前と後で女性議員数は計28人。一人も増えもしなかったし減りもしなかった。ということは、政策効果が何も無かったということです。この法律に、〝達成しなかったら政党交付金を出さない〟や〝達成率に応じて政党交付金を出す〟等の罰則規定を設ければよいんですが、やる気がなかったのでしょう。

―「上野千鶴子のサバイバル語録」に私のいちばん新しい研究テーマは「在宅ひとり死は可能か」ですと書かれていましたが、それについて私達も知っておかなければならないことだと感じます。今お考えになっていることを教えてください。

この調査を始めたのはもう10年以上前になりますが、その時は「在宅ひとり死」は無理だと言われました。ところが、ここ2-3年現場の答えが180度変わりまして、〝おひとりさまのほうが、外野のノイズが少ないのでやりやすい〟と。本当に大きく変わってきたのは、現場の方たちの経験値が上がっているからです。訪問医療・訪問看護・訪問介護の3点セット、この資源さえあれば、おひとりさまでもお家で死ねます。〝じゃ金がなければ死ねないのか?〟という話がありました。お金を使いたい人は使えば良いんです。

最近、日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄(ぶんゆう)医師にお聞きしたところ、〝現場の経験値が上がってきて、介護保険と医療保険の自己負担内で独居世帯の看取りが出来るようになった〟とおっしゃっていました。ということで、大丈夫、制度の枠内で死ねます。それだけの制度を私達は作ってきました。また横浜寿町で在宅医をされている山中修医師が、『おひとりさまの最期』(朝日文庫、2019年)という私の著書の文庫版に解説を書いてくださって〝人もちじゃなくても家族もちじゃなくても、制度に対する信頼さえあれば在宅ひとり死はできる〟と。寿町の住民は家族がいません。家族を捨ててきた、家族から捨てられてきた人たちです。その方たちでも医療保険と介護保険を使えますので、独居で死ねます。

―同じく「上野千鶴子のサバイバル語録」に親から子への最後の教えとして、親が子へ最後に教えられることは、自ら老いていく姿を見せてあげることですと書かれておりました。もう少し詳しく聞かせてください。

私は、親の介護に子どもは関わるべきだと思っています。何故かというと、いま世帯分離が進んでおりますので高齢者単身世帯、夫婦世帯が圧倒的です。多くの場合、夫が先に看取りの対象になりますから、老老介護で妻が看取りをすることになります。周りを見ていて本当に不思議で仕方がないのは、〝子どもにこんな思いはさせられない〟と言って、妻が全部抱え込んでしまうのです。子どもをひきずりこまない。〝助けて〟と言って子どもにも手伝ってもらえばよいのにと思うんですが、日本の女は夫の介護はひとりで抱え込み、イザ自分の時には〝子どもにはこんな迷惑はかけられないから〟と言って施設に行くという選択をする。

しかしかつて強者だった父親が老いて衰えてみじめなになっていく姿を、娘や息子にちゃんと見せるべきです。人間というのは老いていく時には、こんなに無様になって、衰えていくんだということを、子どもたちに見せたらよいと思います。子どもを介護に巻きこみたくないという態度は、私達の世代が最後かもしれませんが。それに加えて、遠くにいるから呼び戻せないという事情もあります。それにしても、私はなぜ家族で介護を分かち合わないのかなと思います。これまで女性は背負いきれないほどの負担を抱えてきたからでしょうが、子どもにも”背負いきれる程度”の負担をかけたらいいのです。

親世代と子世代の世帯分離が日本で慣行になってきたのは、よいことです。年寄りは年寄りで暮らすほうが楽、かわいそうでも惨めでもありません。私が、『おひとりさまの老後』(法研2007年/文春文庫2011年)を書いた時には、〝独居世帯のお年寄りはおかわいそうに、おさみしいでしょう〟と。この本は大きなお世話だと言いたいから書きました。主たる家族介護者になった子どもが別居していても、通勤介護で全く問題ありません。親も子も別居がラク、ということが分かってきたんです。私たちの世代は介護保険が無かった時代に親を看取ったりしてきていますので、こんな耐えきれない負担を子供に背負わせるのは可哀そうだというのが親心でしょう。今は介護保険制度がありますから、耐えられる程度の負担を分かち合えばよいということです。

人生の中で時間とエネルギーとお金を一番かけているのは子育のはず。だったら〝子どもからちょっとくらい返してもらってもバチは当たらない〟って言っています。介護離職等は子どもに犠牲を強いるけれども、子どもの人生を壊さない程度の負担くらい堂々とかけたらよいと思っています。桐島洋子さんが〝私は、老後は子どもの世話になって当然だと思っています〟と。よくぞ言ったと思いました。今は100パーセント子どもの世話になる必要はないですから。年金保険と医療保険、介護保険がありますから、昔とは大きな違いです。

―少子化の一因に、今の若者が結婚しないということも上げられています。上野先生はこれらについてどのようにお考えでしょうか?

結婚しないのはどうしてかというと、親の世代の結婚を見ていて羨ましいと思わないからです。特に女性が、今の日本で結婚したら不利だと思っているからでしょう。それについては、保守的な結婚観を持つ男女ほど結婚しにくいという調査結果が出ています。保守的な結婚観というのは、男が妻子を養わなければいけない、女は家事・育児を全部引き受けなければいけないという考え方です。そういう男女は本人たちが結婚を回避するだけではなく、マッチングが難しいとデータにハッキリ表れています。しかも男の年収と結婚確率は見事に比例しています。本当に露骨であまりの分かり易さに呆然とするほどです。女が年収600万円の男を探す代わりに、年収300万同士のカップルになれば600万になるじゃないですか。男が〝ボクは年収300万しかないから、キミも300万でお互い家事も育児もシェアしようよ〟と言えばよいんです。〝その代わり、ボクも家事も育児もやるよ〟と言えばよいのに。

―就職氷河期世代の就労支援が始まっているようです。これについて上野先生はどのように思われていらっしゃいますか?

これは、20年前に予見できたことです。その当時には、「若者」って呼ばれていた人々が10年経つと「中年」になります。予測できたことに手を打たなかった。だから私はこれを人災と呼んでいます。

人災を引き起こした最大の理由は、経営者です。不況のど真ん中に正規雇用を絞るだけ絞って、非正規を増やしてしまった。其処に若い人を突っ込んでしまったのです。しかも経営者の意向に従ってきたのが今の政権です。したがって人災です。いま氷河期世代の団塊ジュニアは、もう40代に入っているので、手遅れかもしれません。何故かというと非正規雇用を転々としていますから、この20年の間にキャリアの蓄積が出来ていないのです。それが第一です。

2つ目は、人間は生もので人材というツールではないので、メンタルがやられています。キャリアの未形成に加えて、意欲を失い、自己評価を下げ、それがセットになっています。〝キミに何ができる?〟って問われても、できることを積み重ねるような環境になかった。しかも、この人たちは健康保険に入っていなかったり、年金がなかったりで、親にパラサイトしています。その親が要介護になっていきます。その内、親が認知症になるかもしれません。そうすると殴る、蹴るの介護虐待も始まるでしょう。彼ら自身が老後を迎えた時、最後のセーフティネットは生活保護ですから、その人たちが生保受給者になったら財政はパンクするでしょう。全て予見できることです。なのに対策が後手後手に回って、今頃になって公務員の採用の年齢枠を40~50歳等に限定するとか、就労支援などをやっていますが、焼け石に水、花火を打ち上げているだけです。

根本的な解決をはかるのはものすごく簡単です。最低賃金を1500円にしたらよい。東京都の最低賃金はやっと1000円を超しましたが、全国で最低賃金を1500円にすると年間2000時間労働で年収300万円を確保できます。いま、非正規の年収は200万に届きません。政権は経営者を守って、労働者を切り捨てているんです。歴史的に切り捨てられた世代がロスジェネ世代です。

―2025問題や2040問題については今後どのようになっていくのか。或いはどのような対応が求められているとお考えでしょうか?国も一生懸命対策を講じていると思いますがもっとこうするべきだというお考えなどありましたら教えてください。

「医療・看護・介護」というのは内需型産業です。内需拡大で成長したのは1960年代の高度成長期でした。したがって、「医療・看護・介護」産業をちゃんと若い人たちが食べられる仕事にしていけば、地域経済はまわります。2025問題も2040問題も高齢者問題ですので、内需が拡大し循環していくと、つまりお年寄りのお財布からお金が出て若い人に回ることになります。日本のお年寄りは世界で一番お金を貯め込んでいると言われていますが、不安だから手放せないのです。つまり、富の再分配によって安心をもたらせばよいのです。国は金がない、財源がないと言っていますが、予算配分の優先順位から考えると防衛費は1割を超えました。しかもアメリカの使い古しの戦闘機を買わされているにも関わらず、平気で財源が無いだなんて言っています。国民が〝ふざけるな〟って言わないことが悪いんです。

―やはり東大の入学式の祝辞の中で、〝私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と社会の不公正に対する怒りでした〟とも仰られています。昨年のCOP25では気候アパルトヘイトまで言われ始めています。また、格差社会、貧困についてはどの様にお考えでしょうか?

貧困も格差も政治がもたらしたものなので、すべて人災です。気候変動に関して言うと、日本は原発政策を国策として進めてきました。その結果ですから、原発事故も人災です。日本は90年代の初めまでは代替エネルギーについて世界の先進国でした。ところが、世界が代替エネルギーにスイッチした時に、原発のほうにシフトしてしまったので、日本は代替エネルギーの技術革新から取り残されてしまったのです。例えば風力発電もオランダから輸入しなければならなくなりました。関係者からいろんな情報を聞きましたが、オランダから輸入した発電機は日本の気候風土に合わないということでした。日本は強い台風が1年に何度も来ますので。そこは、土着的な技術というものを90年代から30年かけて追求していれば、ちゃんと開発できていたはずです。方針を原発にシフトした結果が、この体たらくですので、何もかも人災です。

つまり政治で社会は悪くなりますし、反対に政治で社会を変えることもできるということです。情けないですよ、若い人にどうやって申し開きをすればよいのか。ジェンダー研究者の大沢真理さんが、税制と社会保障制度について指摘していますが、税制・社会保障制度という日本の再分配システムは貧困者に不利にできていると。91年にバブルが弾けてからこの30年の間に、法人税率が下がり、累進課税率が下がり、何もかも富裕層に有利に税制が変わってきたのです。それに不況がのしかかって全体として税収が減っている分を消費税で3%、5%、8%、10%と上げてきました。それを国民は座視してきました。あれよあれよで、政権にやられっぱなしです。

―朝日新聞の「悩みのるつぼ」で上野先生は回答者でお答えになられ、なんともバッサバッサと明解なご回答をされていらっしゃって、相談者はそれを承知で上野先生に回答していただきたいと願っているんだと思います。相談内容から見えてくることは何かありますか?

長い間やっていて、すでに100回を超しました。50回ごとに本になっています(『身の下相談にお答えします』『また身の下相談にお答えします』朝日文庫)。1つは、昭和の話かと思うような相談、妻がDVを受けているのに金が無いから夫と別れられないなど、今でもこんなに変わらないのかとガックリきます。子どもの教育の問題もあります。子どもが受験生だから後何年間の辛抱とか、昭和とちっとも変わっていません。

かたや増えたのは、母と娘の関係性です。娘が自己主張をするようになり、娘が母を捨てるようになりました。子どものほうはそうやって親を見捨てていくだろうけど、妻は夫をなかなか捨てられないというか、別れられない、女性が変わるにしても経済力がありません。

海外でもDVはありますが、例えば女性の就労率や男女賃金格差を諸外国は全部改善しています。日本はその間に非正規を膨大に増やしました。いま非正規雇用は女性労働者全体の10人の内6人で、半分以上になりました。非正規だとフルタイムで働いても年収200万に届きません。200万円で食べられますか?その上、シングルマザーだと扶養家族がいます。日本の男は離婚に当たって養育費の取り決めをしない、取り決めをしても守らない。守っても1年か1年半で支払が途絶えます。データを見ればわかります。理由は、日本の男が無責任だからと、日本の制度が男に甘いからです。しかも、父と子どもの間に父子関係が成り立っていません。物ごころがついて自分で選べるようになった年齢の子どもに、〝パパとママは別れるけど、どっちに付いてくる〟と聞いて、父を選ぶ子どもはほとんどいません。つまり介護だけではなく、育児にも父親は関与していないから、愛着関係が形成されていないのです。

DVの研究でも、検証データが蓄積されてきました。DV夫は最初からDV夫だったかというと、ある時からDV夫に変わります。例えば結婚前に恋人がDVだとすると、そういう人と結婚までに至りません。DVの多くは結婚後から始まります。妻が逃げないと分かった時から始まる。あるいは結婚後にも、そうじゃなかった夫がある時から変わります。それはどういう時かというと、例えば失業をした時とか、妻が就労を始めて力関係が変わった時など幾つか節目があります。男のプライドやアイデンティティが傷つけられたなど、最初の切っ掛けは、男性自身の抑圧体験によるものかもしれません。その抑圧を自分よりももっと弱い者に向けるのがDVです。DV件数は増えていますが、これは申告件数が増えたからで、DV夫が増えたのではありません。DV夫が増えているかどうかはデータが無いから分かりませんが、推論は恐らく男は昔と変わっていないでしょう。つまり、何が変わったかと言えば、申告する人が増えたということです。被害を申告するのは女です。女が変わったんです。これは大きな違いです。

離婚事情も変わりました。子連れ離婚が増えました。これまでは、大学を卒業させるまでや子どもが結婚するまでは離婚しないというのが年長の世代の女たちでした。しかし今や、子どもが居ることや子どもの年齢が小さいことは離婚を抑制する理由にならなくなりました。これらの現象の結果、30代のシングルマザー率がすごく増えています。30代女は昔の女のように我慢しなくなりました。ただし熟年離婚はそれほど増えていません。私たちは専門家として離婚時年金分割法が成立した前後で変化が起きているかとデータを見てみましたが、思ったほどの変化は起きませんでした。何故かというと離婚時の年金分割は婚姻年数が二十年以上続いていてもマックス2分の1、それに対して遺族年金は4分の3です。それだけでなく、多くのケースはすでに家庭内離婚状態にありますから現状維持のままが、絶対有利です。そうした女性の世代差は大きくなりました。

―最後に、食生活で気をつけていらっしゃること、健康に留意されていること、終活についても聞かせてください。

気をつけていることは何もありません。体に良いことはほとんど何もしていません。食生活は、外食が多く、自分で作ることは滅多にありません。夜も出かけますし、家に居る時間が短い。外食したら外食したで、暴飲暴食をしてしまって、翌日の朝食と昼食を抜くというような不規則な生活です。運動に関しても何しろ時間が無いので、ジムに行くなどやる暇がありません。感心しませんね(苦笑)。そうは言っても好きなことは無理してでも時間を作るので、冬場はスキーに行っています。何度も骨を折りましたが、骨を折っても止められないんです(笑)。

また私は、墓も葬式も何の興味もありませんが、遺言状は40代の時からずっと書き続けており、弁護士に預けてありますし、遺言執行人も依頼してあります。そこはやはり、おひとりさまですので。おひとりさまの友人で本当に天涯孤独な年下の女性を「チームK」という30人のチームで看取りました。Kは彼女の名前が、「かずこ」さんでしたから。女30人、どの人もその道のプロだったので、頼もしい仲間たちでした。彼女が亡くなったのは今から9年前で、その時彼女は57歳でした。こういうチームが自分が死ぬときにもあればよい、と言ったら、〝私たちが死ぬ時はみんな年とっているんだよ、どうなるか分からない〟と言われました。その当時は、私たちも若くて元気だったんです(笑)。

上野千鶴子氏プロフィール

京都大学大学院社会学博士課程修了。平安女学院短期大学助教授、シカゴ大学人類学部客員研究員、京都精華大学助教授、国際日本文化研究センター客員助教授、ボン大学客員教授、コロンビア大学客員教授、メキシコ大学院大学客員教授等を経る。1993年東京大学文学部助教授(社会学)、1995年から2011年3月まで、東京大学大学院人文社会系研究科教授。2012年度から2016年度まで、立命館大学特別招聘教授。2011年4月から認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニ アであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。

主な著書:
『上野千鶴子が文学を社会学する』(朝日新聞社)、『差異の政治学』『生き延びるための思想』(岩波書店)、『当事者主権』(中西正司と共著、岩波新書)、『ニーズ中心の福祉社会へ』(中西正司と共編、医学書院)『岩波シリーズケアその思想と実践』(共編著、全6巻、岩波書店)、『老いる準備』(学陽書房)、『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』(法研)、『ケアの社会学』(太田出版)、鼎談『フェミニズムの時代を生きて』(岩波現代文庫)、『現代思想総特集上野千鶴子』(青土社)、DVDブック『生き延びるための思想』(講談社)、『ナショナリズムとジェンダー』(岩波現代文庫)、『上野千鶴子が聞く小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』(朝日新聞出版)『身の下相談にお答えします』(朝日新聞出版)『<おんなの思想> 私たちはあなたを忘れない』(集英社インターナショナル)、『ニッポンが変わる、女が変える』(中央公論新社)、『上野千鶴子の選憲論』(集英社新書)『何を怖れる』(岩波書店・共著)、『老い方上手』(共著・WAVE出版)、対談集『思想をかたちにする』『セクシュアリティをことばにする』(いずれも青土社)、『おひとりさまの最期』(朝日新聞出版)、『上野千鶴子のサバイバル語録』(文藝春秋社)、『時局発言!』(WAVE出版)、『世代の痛み団塊ジュニアから団塊への質問状』(中公新書ラクレ)、『情報生産者になる』(筑摩書房)など著書多数。最新刊に『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房)がある。

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