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スペシャルインタビュー:東京大学高齢社会総合研究機構特任教授・辻 哲夫 氏

インタビュー 特集

世界一の超高齢社会である日本は、これまでの医療・介護のパラダイムシフトの転換をはかり、2025年までにドラスティックな改革を推し進めていく必要がある。その旗頭に立つ東京大学高齢社会総合研究機構・特任教授で、元厚生労働省事務次官の辻哲夫氏は、20年以上前から在宅医療を推奨されてきた人物である。

今後の我が国の命運をかける一大事業である柏市プロジェクトを地域包括ケアシステムのモデル事例として日本全国そして世界に提示・発信していく使命がある。

果たして柏市プロジェクトというのは、どのような取組みなのか?医療行政の流れを踏まえ概要を話して頂いた。

地域包括ケアシステムのモデルとして柏市プロジェクトを推進しています!

東京大学
高齢社会総合研究機構
特任教授
辻 哲夫 氏

―辻教授は厚生労働省事務次官をされた方ですが、約20年前から東大の佐藤先生が在宅医療を実践され、行政では辻哲夫氏が考えておられたと先日盛岡で開催された第17回日本在宅医学会の開会式で前田代表理事が挨拶でお話されていました。やはり20年前から2025年を想定されて準備されていたことなのでしょうか?これまでの医療行政の流れなど教えてください。

佐藤智(あきら)さんという在宅医学会の初代会長で、在宅医療の重要性を唱えられたいわば始祖といわれる方で、もう20年以上前になりますが佐藤先生の『在宅老人に学ぶ』という著書を私は読んで、非常に感銘を受けました。在宅医療が高齢社会に必要なものであるということを感じて、ある会合でそのことについて話しておりましたところ、〝その佐藤は、私です〟と仰られて出会ったのが始まりで、以来ずっと佐藤先生に在宅医療の大切さを学んで、他の厚労省の職員も一緒に勉強会を繰り返しまして、在宅医療は日本の医療の中で大変重要なジャンルだと確信を持って今まで取り組んできました。

超高齢社会というのは若くして死ぬ方が減少し、老いてからみんな死ぬようになりました。老いて死ぬということは、どうしても虚弱な期間を経て、死に至る訳ですけれども、その前の時期に、病気になり病人ということで、病院に入って病気とたたかうだけではなく、生活の場で生活者として生きる、このことが大事です。これを支える在宅医療という医療が、病院医療とは別に必要であるという信念をその頃からもちまして、在宅医療の普及が今後の医療政策に極めて重要であるということを私個人も、また厚労省の私の後輩にもそれを伝え、当時は未だ小さな流れでしたけれども、その頃から「在宅医療の普及」を唱え続けて参りました。そういうことで、本当に佐藤智先生との出会いが私達の在宅医療の原点だったと思います。

勿論、その後、時代を経るとともに高齢社会において本質的に必要なものという確信に至りました。しかも2025年というのは一つのいわば在宅医療普及の正念場であるということも、その後明らかになってきました。当時から2025年のことを考えていた訳ではなく、医療のあり方として在宅医療は本質的に必要であるということを実感していたということなんですね。

―また同じく第17回日本在宅医学会で厚労省大臣官房審議官・武田俊彦氏が、行政が在宅医療に熱心になると、国の押し付けであるとか財政節約のためとばかり言われる方が多いがそうではなく長野の佐久総合病院の井益雄先生がおっしゃられるように〝家に帰りたいお年寄りや家に連れて帰りたい家族〟の気持ちに寄り添い協力したいという考えが基本であると講演で話されました。「地域包括ケアシステム構築」の根底にある考えや理念をお聞かせください。

従来、高齢になって虚弱になった場合、施設に預けるとか、或いは療養病床に入るなどが一般的でしたが、近年、これまでの生活行動、生活習慣を繰り返すというのが最も「事立を維持する」ということが分ってきました。それはどういうことかというと、やはり住み慣れた自らの住まいに住み続けるのが、その人がその人らしく事立を続ける一番重要な方法だということが分かってきたんですね。そういうことで、地域包括ケアというのは、ケア思想の大転換をはかるということなんです。住まいを基本として、住み慣れた所に住み続けることが、そのお年寄りの自立を維持するためにも、勿論お年寄りの気持ちに寄り添うためにも一番良いということが地域包括ケアの根底にある理念です。

現在は、年をとったらみんなが虚弱になって病気がちになり、やがては死に至る訳でピンピンコロリというのは稀です。そういう中で、病院というのは、治療をしていただく場所であり、病気と闘う場所ですので、其処で最後の最後まで闘うというのは幸せなのかという考え方が出てくる訳です。寧ろ虚弱になった期間においても先ほど話しましたように、生活の場で生活者として、例えば自宅であればペットが傍でうろうろしていたり、大音響の音楽も聴ける、お酒を飲んでも叱られない(笑)、痛い場合に在宅でコントロールしていただければ、その人は生活者として笑顔で生きられるのです。つまり、折角長生きしてきた幸運を生活者として生活を享受できるようにするために在宅医療が必要であって、それは決して医療費の適正化が目的ではないんですね。そこのところは、かなり明確かつ確信を持った考え方です。

佐藤智先生が〝病気は家庭で治すもの〟と仰られましたが、本来人間というのは生活の場で自らを生活者として生き続けることが一番幸せであるという考え方が、在宅医療の思想の中にあります。

―6月12日~14日までパシフィコ横浜で開催された第29回日本老年学会総会で最新の科学データを総合すると、現在の高齢者は10~20年前に比べて、5~10歳は若返っていると想定されると評価し、高齢者の健康状態は個人差が大きいが、高齢者が就労やボランティア活動などに参加できる社会を創ることが今後の超高齢社会を活力あるものにするために大切だとの声明を出されました。今後のキーワードは「社会参加」であると言えるのではないかと思います。辻教授のお考えをお聞かせください。

超高齢社会というのは、75歳以上人口の割合が非常に高い社会でもある訳ですが、それにしても2030年には人口の5分の1にもなるという、世界で経験したことがない国になる訳で、ましてや65歳以上の人口が3割という国になりますので、そういう国の在り方として何が大切かというと、出来る限り事立を維持することが大事なんです。しかも事立を維持するために何が必要かというと、結論から申し上げると、「閉じこもらないこと」なんです。一日に1回以上出かける人は、週1回しか出かけない人に比べて歩行障害のリスクは4分の1、認知症の発症のリスクは3.5分の1だといわれております。そういうことで如何に閉じこもらないことが大切であるか。逆にいえば「社会参加」、出かけて社会に交わることが最も重要であるということで、これはもう本当に今後の超高齢社会の基本中の基本だと思います。

―また、「フレイル」についても声明を出されましたが、これまでのサルコペニアや生活不活発病との明確な違いはあるのでしょうか?メタボリック症候群と老年症候群の違いなども教えてください。

高齢期に要介護になる理由というのは、大きくいうと2つのパターンがあります。

1つは、生活習慣病です。生活習慣病というのは、メタボリック症候群とも言われており、結果的に血管を傷めてしまうのです。血管を傷めれば最後は虚弱ないし要介護になります。脳卒中であれば急激に身体麻痺等が残るケースが多いのです。従って、メタボリック症候群の予防、生活習慣病の予防というのは高齢期の自立度を維持するために大変重要なことです。

もう1つ、高齢期に要介護になる大きな理由は、一般的には虚弱という風に言われておりますが、加齢に伴い、徐々に虚弱になっていくという一つの傾向があり、所謂老年症候群ともいわれていると思います。そういう現象を、老年医学会で「フレイル」と定義したと聞いております。

フレイルとは、健常な状態と要介護状態の中間の状態として、老年医学会は提唱しています。多くの方は健常な状態から、フレイルの時期を経て要介護状態に至ります。フレイルの状態を早期発見し、早期に対応することで、要介護に至る方を減らし、健康寿命をのばすことができるのではないか、と様々な研究が行われ、様々な提案がなされています。そういうことの中でも特に最近東京大学の飯島研究班で明らかになっているのは、高齢期に、社会との交わりが落ちることがフレイルの原因の最上流ではないかということで、やはり「閉じこもらない」というのが、一番のフレイルの予防法であるということが分かってきております。

私の知る限りでは、「フレイル」というのは、Friedフリードという研究者が“Frailty cycle”フレイルティサイクルを明らかにしまして、精神や身体が虚弱になっていくことの総称です。とりわけサルコペニアというのは、年をとれば筋肉が早く減って弱っていくんですが、このサルコペニアを中心に、弱っていく循環的な流れをフレイルティサイクルと称し、基本的に筋肉が減るということは、栄養が摂れていないということで、要するにちゃんと食事をとれていないということを意味します。また運動をしないと筋肉はつきませんが、結局その大元は、筋肉が減ってくるとおっくうになり活動が減り、さらに閉じこもると運動をしなくなりますから、それらが循環しながらフレイルが進行していくことをいうのだそうです。つまり、フリードのフレイルティサイクルの概念がベースにあって、年をとるとともに虚弱になることを「フレイル」と言っています。

フレイルの一つがサルコペニアでありますし、筋肉減少は一つの大きな要因ですが、フレイルには身体的な側面だけではなく、精神・心理的、社会的側面に至る幅広い側面があるとされています。フレイルの予防は、やはり「運動」と「栄養」と「社会参加」で、これらが非常に重要です。メタボリック症候群の予防は、「運動」と「適正な食事」、カロリーのコントロールが大事です。しかし「フレイル」は、しっかり食べることが大事であり特にタンパク質の摂取が大事です。あとは、しっかり運動をする、その共通項として「閉じこもらない」ということです。

―辻教授が協力、推進されている柏プロジェクトについて概要を教えてください。

柏市は首都圏のベッドタウンで、ベッドタウンというのは急速に高齢化していきます。というのは経済発展の過程で一定の時期に、ニュータウンを形成しますので、そこにほぼ同年齢の人が移り住むことになります。その町が何十年も経過しますと一気に高齢化が起こるわけです。そうしたことで、柏市は典型的なベッドタウンの1つなんですが、柏市は今後の日本の大都市を中心とする高齢化のモデル地域であり、所謂高齢化が著しくても、安心して地域に住み続けられる地域包括ケアシステムを如何つくるかというのが柏プロジェクトの狙いであります。

その中でメインになるのは、「生きがい就労」といいまして、例えば定年退職で仕事をやめたとしても、地域でワークシェアリングという就労スタイルで、6人で2人分の労働量、3人で1人分の労働量といった形で、農業、子育て支援、福祉等、そういった様々な分野で、みんなで仲間を作って働くというプロジェクトをやっておりまして、これは大変良い成果をあげております。所謂セカンドライフともいわれておりますが、地域で元気な生き甲斐就労を地域でつくっていくということなんですね。

しかしながら、最後はやはり死に向かう過程で虚弱になるのも、これは人生の常でありまして、虚弱になっても在宅に戻って、在宅医療を含めた多職種が連携したサービスが受けられるようなモデルを作るということが2番目の柱です。それにつきましては、どうしても必要な在宅医療をかかりつけ医がやらなくてはいけないため、地区医師会が中心になって、かかりつけ医で在宅医療を行う医師を増やしていくことと、一人だけでは大変ですから医師たちをグループ化していくことが大事です。それには医師だけでは出来ませんので、先ほど申し上げました看護師さん、歯科医師さん、薬剤師さん、ケアマネさんといった多職種と連携するシステムを作り上げ確立する必要がある訳ですが、これを担当するのは市町村です。そのモデル的な手法と仕組みを柏で開発しました。具体的には、地域医療連携センターを創設しまして、一階に、在宅医療介護連携を推進する柏市の介護保険担当部局が入り、二階には三師会が入っています。何も新しい建物を作る必要はありませんが、これは国が今回の法律改正で平成30年4月に施行しようとしている在宅医療介護連携推進事業のモデルとされております。

3つ目としては、これからは施設ではなく「住まい」であるということを申し上げましたが、その受け皿としてサービス付高齢者向け住宅が出来まして、それが施設に変わる今後の受け皿だと言われております。サービス付き高齢者向け住宅の一階に在宅医療が出来る地元のお医者さんをはじめ24時間対応の多職種による専門の機能が入っていることで、その「住まい」で最後まで住みきれる。しかも24時間対応できる介護・看護、医療は其処を拠点として地域にも出て行きます。そのようなサービス付き高齢者向け住宅を、「拠点型サ高住」と称しますけれども、そういうものが出来れば地域全体が高齢者にとってより住み続けられる地域になっていくことになります。

―柔道整復師は、古来から地域医療を支えてきた医療職種で、骨接ぎ・接骨院の先生として地域住民の方々に親しまれてきました。また柔道整復師はスポーツ現場でもスポーツトレーナーとしてアスリートの怪我やパフォーマンスの向上に役立つ指導を行ってきました。今後の超高齢化社会においては、運動能力の維持管理が重要なテーマの一つと感じます。運動能力を維持していくには、単に痛みを取るという考えや、単に言葉で指導するということではなく、運動能力そのものへの取り組みとしてトレーナー的な業務は必要と感じます。介護分野では柔道整復師は機能訓練指導員として機能訓練を行える職種であります。地域包括型ケアシステムの中に柔道整復師の参入は可能でしょうか。

既に機能訓練指導員として地域包括ケアに参入されていると思っておりますし、既に地域包括ケアの中で活躍されていると私は思っています。今後地域包括ケアの大きな課題というのは、出来る限り「元気でいる」ということなんです。つまり、「元気でいる」ということは今申し上げました様に「閉じこもらない」、「しっかり食べる」、「しっかり運動をする」ということですから、これらを総合的にやっていかなくてはなりません。また、お年よりがそんな風に出来るためには、お年寄りに関わる多職種の方達による支援が必要であり、その職種の一つが柔道整復師だと思います。ただし、訓練指導を行う上で、幅のある知識に基づく観察力が求められています。例えば、腰が痛いといわれてお邪魔した時に、この方は全然食事をしていない、或いはこの方は全然薬を飲んでいないと分かれば、それは問題ですから、そういうことを見つけたら専門職にそのことを伝える必要があります。また機能訓練指導を行う上で、寧ろ生活を支えるというか、その人が目標を持って行動し、社会と交わっていくことが一番の目標ですので、それを実現するためのコミュニケーション能力が必要です。今後の超高齢化を受けとめていくためには、多職種の方々が夫々の専門的な知識とコミュニケーション能力、総合的な知識をもって連携していくことが求められており、私は柔道整復師さんの活躍を非常に期待しています。

―いま医師会と市町村が中心になって地域包括ケア会議を開かれているようです。中々その会議に柔道整復師の方が参加されていないということを耳にしますが…

私が知る限りでは、柔道整復師の方々は機能訓練を行える職種として、介護分野で認められていると聞いておりますので、自分たちがどの場面で役に立てるのか、どのように連携していったら良いのかということを考察し、現場実践で自分達の専門性の位置どりを確認していくことが大事でしょうね。そしてまた多職種連携の協議会といったものが市町村単位でこれから展開する予定です。是非其処へ参加されることが私は好ましいと思っております。

辻哲夫(つじ てつお)氏プロフィール

1971年東京大学法学部卒業後、厚生省(当時)に入省。老人福祉課長、国民健康保険課長、大臣官房審議官(医療保険、健康政策担当)、官房長、保険局長、厚生労働事務次官を経て、2008年4月から田園調布学園大学 教授、2009年4月から東京大学高齢社会総合研究機構 教授を務める。現在、東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授。厚生労働省在任中に医療制度改革に携わった。

編著書として、「日本の医療制度改革がめざすもの」(時事通信社)「地域包括ケアのすすめ 在宅医療推進のための多職種連携の試み」(東京大学出版会)「超高齢社会 日本のシナリオ」(時評社)等がある。

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