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運動器超音波塾【第10回:肘関節の観察法 3】

2016/06/01

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

 

第十回 「ひじ、外に曲がらず」の巻
―上肢編 肘関節の観察法について 3―

肘について調べている最中に、「ひじ、外に曲がらず」という禅の言葉を見つけました。「肘関節は、尺骨を軸にして最大回内時、軸は外側方向に1~2%ずれ、前腕の回旋運動時に5~10°程度の側方偏位がおこる」なんて解剖学の話はさておき、そう言えば学生の頃、鈴木大拙の著書を読んだ時に出てきた言葉だなあと、想い出しました。「外に曲がらない不自由こそが自由」と言った解釈だったように思いますが、別の研究者によると「外部の他人よりも、身内をかばいがち」という解釈もあるようです。私の場合、お酒も煙草もその他色々なものが大好きで、健康保険組合の管理栄養士の方からは「腹囲と体重を毎日測りなさい」とご指導いただいている身で、煩悩との格闘の日々です。それでも多少なりとも人生経験を重ねてきたはずなので、禅語も多少理解できるようになったかと思い、「臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 禅 ―心をかたちに―」という展示を観てきました。*1

「臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 禅 ―心をかたちに―」

「臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 禅 ―心をかたちに―」

*1公式ホームページより http://zen.exhn.jp/

圧倒的な書や禅画、仏像や工芸など、国宝19件、重要文化財104件を含む224件の名宝が一堂に会するという展示で、異次元な時を楽しむことができました。雪舟が描いた座禅をする達磨の絵や、狩野派による龍虎図屏風など、教科書でしか見たことがない実物に触れる事ができ、まさに圧巻でした。とは言え、釈迦の十大弟子の一人、羅睺羅(らごら)尊者(釈迦の息子)が座禅をしているそのお腹から仏様が顔をのぞかせている像を観て、『トータルリコール』 (1990米)の反乱分子のリーダー、ミュータントのクワトーはこれかと考えたり、ワークショップで「雲在青天水在瓶 くもはせいてんにあり、みずはへいにあり」を写経しながら、頭の中ではビートルズの「Let It Be」を流していた私は、いやはや、大悟の道は遠い。

それでも、「巌谷栽松 がんこくにまつをうえる」、子供たちの未来に何を残してあげられるのかと、そんなことも想いながら、今日も筆を執っています。

最初に指パッチンを覚えたきっかけ Addams Family(1964米ABC-TV)

羅睺羅(らごら)尊者と『トータルリコール』*2 のクワトー

*2(1990米)フィリップ・K・ディックが1966年に発表した小説『追憶売ります』
(We Can Remember It for You Wholesale)を映画化したSF映画 Wikipediaより

 

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「肘関節の観察法」として、前回に引き続き肘関節内側の解剖と超音波でのアプローチについて考えてみたいと思います。

肘関節の内側アプローチで、もう一つ注意すべき部位があります。それは、肘部管と尺骨神経です。尺側手根屈筋は、上腕骨内側上顆に付着する数cm手前で筋腹が2つに分かれて、一方が上腕骨内側上顆(上腕頭)、もう一方が肘頭(尺骨頭)に付着していきます。尺骨神経がこの2頭の間を通過していくわけですが、この部分は「肘部管」と呼ばれ、絞扼性神経障害の好発部位です。*3

*3 参考資料 皆川 洋至 超音波でわかる運動器疾患
メジカルビュー社

図 肘部管と尺骨神経

図 肘部管と尺骨神経

肘部管症候群の主な症状と発症原因

主な症状と進行については、

  • 指に力が入りにくいや、曲がった指が伸びなくなった
  • 小指と薬指が曲がったまま、伸ばす事が出来なくなる
  • 手の外側半分(小指、薬指側)にしびれを感じ、握力が衰える
  • 尺骨神経は、手のひら側と甲側の両方を支配しているので、指全体がしびれる
  • 手の骨と骨との間の筋肉がやせる(骨間筋や小指球筋群の萎縮)
  • 指を開いたり、閉じたりする力が弱くなったり、親指と人さし指で物をつまむ力が弱くなり、はし等が使いづらくなる
  • 「かぎ爪指・鷲手変形」という、指の関節の独特の変形を生じる(Craw Hand Deformity)

などの点が、挙げられます。*4

*4 日本整形外科学会ホームページ  http://www.joa.or.jp

 

肘部管症候群は、小児期に肘部骨折の既往歴がある場合や、高齢者にみられる変形性関節症によるものが全体の70~80%と言われており、上腕骨外顆の偽関節後の外反肘は、受傷後10~20年経過して発症する場合が多いとされています(遅発性尺骨神経麻痺)。

そのほかに内反肘、外反肘、滑車形成不全などの先天異常、ガングリオン、離断性骨軟骨炎、肘関節炎、リウマチ、習慣性尺骨神経脱臼などが原因となる場合もあり*5、速やかにかつ容易に判断できるのは、超音波の強みです。

  • 外反肘は、神経走行の遠回りによる肘部管内での牽引
  • 尺骨神経脱臼は、上腕骨内側上顆部での乗り越えによる摩擦やオズボーン靭帯下での捻じれ
  • ガングリオン等の軟部腫瘍は、占拠性病変としての圧迫
  • 滑車形成不全による内反肘は、不安定性による機械的刺激
  • 滑車上肘筋(靭帯)は、肘部管の天蓋の一部として物理的な圧迫
  • 関節鼠は、離断性骨軟骨炎などで観られ、機械的刺激

*5 松崎昭夫、城戸正喜1997.肘部管症候群原因としての尺骨手根屈筋下膜様組織について.日手会誌14:603-606.
田島 光 1994.肘部管症候群の病態.別冊整形外科26:160-165.
内西兼一郎、伊藤恵康、堀内行雄1988.肘部管症候群.整形外科Mook54:214-223.

図 肘部管症候群(cubital tunnel syndrome)

図 肘部管症候群(cubital tunnel syndrome)

 

投球による尺骨神経への負担

肘部管の障害を受けやすい部位は、3つとされています。Osborne靭帯、滑車上肘筋あるいはその靭帯、尺骨神経溝部です。その中でも野球選手に多いのは、肘の内側にあるオズボーンバンドと、裏側にある滑車上肘靱帯(筋)です。オズボーンバンドは尺側手根屈筋の中に尺骨神経が入り込む部分で、膜のようになっています。この膜が投球動作を繰り返すことによって固くなって障害を発生しやすくなり、滑車上肘靱帯は、その下を通る神経を圧迫することで障害が生じるわけです。

野球の投手の場合、8・9回になると小指が冷たくなる、或いは痺れが出てくる等の症状や、カーブやフォークがすっぽ抜けるといった場合には、単なる疲労と片付けないでこの障害も疑う必要があります。投球時のコッキングポジションをとった時に尺骨神経にかかる圧力は、なんと安静時の約6倍と言われています。反復的な刺激により、障害されるわけです。日常生活に支障はなくても、投げ始めると症状が表れたり、肘がだるくなったり、指先に力が入らないことでボールがすっぽ抜けるといった時には、超音波による検査が有効と言えます。前回触れた野球検診時にも、注意すべき点であると考えています。

図 投球動作と尺骨神経への負担

図 投球動作と尺骨神経への負担

コッキングポジションをとった時に尺骨神経にかかる圧力は、なんと安静時の約6倍*6

*6 Pechan J, Julis I. The pressure measurement in the ulnar nerve. A contribution to the pathophysiology of the cubital tunnel syndrome. J Biomech. 1975;8(1):75–9.

 

 
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