menu

運動器超音波塾【第17回:前腕と手関節の観察法3】

2017/08/01

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

 

第十七回 「小細工を弄しない大きな単純」の巻
―上肢編 前腕と手関節の観察法について 3―

どうにも飛行機の離陸には、慣れる事がありません。
機体が地上を離れる瞬間、ちょっと足元が浮く感じが、何度乗ってもお尻がむずがゆいような気持になります。ところが、次におとずれる荷重が全身を覆うようにのし掛かりながら高度を上げていく加速感は、むしろ気持ちがいい。百回以上は乗っているのに、この感覚は変わることがなくて、実にややこしい。水流が突然逆流するようにマイナスとプラスの感情が一瞬で逆転する、不思議な気持ちになります。飛行機が水平飛行に入って、シートベルトサインが消える頃にはもう普通の感覚に戻っていて、着陸の衝撃に起こされるまで爆睡するか、PowerPointを編集したり資料に目を通したりを始めるわけです。
 窓の外に目を向ける余裕がある時は、雲間から覗く地形が地図帳どおりなのを観て感心したり(当たり前ですが)、雲の上のまるで草原やジャングル、或いはグランドキャニオンに似た渓谷を想わせるような不思議な雲のつくる壮大な風景を、ぼーっと眺めていたりします。年に何回かは絶景の富士山を観る事もできて、その時に撮った写真がこれです。

飛行機から観た富士山

図 飛行機から観た富士山

雪の中に、つづら折りの登山道が観えます。左下には富士宮口五合目と、その右上には富士山南東斜面の宝永噴火口が口を開けているのが観えます。深田久弥は『日本百名山』の中で富士山を「小細工を弄しない大きな単純」と書いていますが、まさに日本美術や工芸のモチーフとして、さらには古来より日本国民に愛された信仰の山として、象徴的な存在であることを端的に表した、名言だと思います。*1

*1 参考 : ウィキペディア

飛行機で移動をしていると、どんなに地上でどんよりと重い雲から雨が降っていようと、その雲ひとつ突き抜けて浮かび上がれば、そこには燦々と輝く太陽がいつでもあることが解ります。それを想うと、少しだけ気が晴れて元気が出る私も「大きな単純」なのかも。

 

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「前腕と手関節の観察法」の続きとして、三角線維軟骨複合体(TFCC)について、考えてみたいと思います。

 

三角線維軟骨複合体(TFCC)について

前回までの観察で、方形回内筋は尺骨背面近くまで巻き込むように付着していること、回外運動に伴い尺骨は掌側へ移動するということがわかりました。この事を考慮すると、掌側への尺骨頭の移動を促すように掌側橈尺靭帯、掌側尺骨手根靭帯に伸張を加えておくことも重要であることが理解できます。*2そこで今回は、掌側橈尺靭帯、掌側尺骨手根靭帯を含む、三角線維軟骨複合体(TFCC)ついて考えてみたいと思います。

*2 参考 : 運動器超音波機能解剖 林典雄 文光堂

三角線維軟骨複合体(triangular fibrocartilage complex: TFCC)は手関節尺側に存在する軟部組織で、三角繊維軟骨(triangular fibrocartilage; disc proper)とその周囲の靱帯構造からなる線維軟骨と靱帯などの複合体です。手関節の回内と回外における安定に重要な役割を果たしており、尺骨と手根骨の間のクッション(suspension theory)として働いています。高齢者の変性断裂では関節円板の穿孔タイプが多いとされ、外傷性の断裂では橈骨付着部に、変性は中心部に多いと言われています。また、慢性TFCC損傷患者のMRI 所見から、尺側手根伸筋腱(ECU)あるいは遠位橈尺関節(DRUJ)障害がTFCC断裂に高頻度(26-52%)に合併するという説もあり、注意を要します。*3

構成体としては、関節円板(articular discまたはTFC)、メニスカス類似体(meniscus homologue:MH)、三角靭帯(triangular ligament)、尺骨三角靭帯(ulnotriquetral ligament)、尺骨月状骨靭帯(ulnolunate ligament)、掌側および背側橈尺靭帯(volar/dorsal radioulnar ligament)、尺側側副靭帯(ulnar collateral ligament)が挙げられます。中村によると、立体的にはハンモック状の遠位component、橈尺間を直接支持する三角靭帯(橈尺靭帯)、機能的尺側側副靭帯である尺側手根伸筋腱腱鞘床と尺側関節包で構成されるとしています。*4

*3 山藤 滋 : 三角線維軟骨複合体損傷に合併した尺側手根伸筋腱障害と遠位橈尺関節障害のMRI所見. 第58回日本手外科学会学術集会 一般演題27:TFCC(診断)

*4中村俊康:手関節三角線維軟骨複合体の機能解剖学および組織学的研究.日整会誌.1995; 69: 168‒180.

三角線維軟骨複合体(TFCC)の解剖

図 三角線維軟骨複合体(TFCC)の解剖

 

三角線維軟骨複合体(TFCC)の観察法

では、前腕の尺側手根伸筋腱(ECU)を目印にしながら、手関節尺側に長軸で観察してみましょう。尺側手根伸筋腱(ECU)は、テニス選手の73%で不安定性があるとの発表もあり*5、尺側に痛みがある場合には、最初に観察すべき部位であると考えています。尺骨と三角骨を画面上に表示すると、その奥に月状骨が観察されます。プローブをやや月状骨の方向へ微調整すると、メニスカス類似体とその深部に三角靭帯の線維の束(fibrillar pattern)を観察することができます。三角骨に接する部分には、低エコー域の関節円板(TFC)を観ることができます。また、尺側側副靭帯は、靭帯というより関節包の一部として捉えられています。

*5 Sole JS, Wisniewski SJ, Newcomer KL, Maida E, Smith J. Sonographic evaluation of the extensor carpi ulnaris in asymptomatic tennis players.PM R 2015; 7:255–263.

 

三角線維軟骨複合体(TFCC)の長軸走査

図 三角線維軟骨複合体(TFCC)の長軸走査

 

この画像は、実は私自身の手です。手関節を尺屈動作してみると、滑液が側副靭帯を尺側に押し上げ、関節円板が三角骨に沿ってせり上るように移動するのが観察されました。永年テニスのラケットを握っていた右手は、滑液の動きが大きく、三角靭帯が柔軟性に欠け、緩慢に動作する様子が観察されました。これらの点については、解剖学的にそのような傾向があるのか、観察症例数を増やして結論したいと考えており、まだまだ仮説です。動態で観察すると、三角線維軟骨複合体(TFCC)のクッションのように弾力性のある様子や、滑液の移動も観ることができます。三角線維軟骨複合体(TFCC)は運動器超音波の中ではまだまだ未開拓の部位で、これらの現象を動態解剖学(勝手にそう呼んでいます)として考察していけば、拘縮や痛みの治療に役立つ新しい発見があると考えています。
では、三角線維軟骨複合体(TFCC)を背側から掌側へ観察してみます。

三角線維軟骨複合体(TFCC)背側から尺側の長軸画像

図 三角線維軟骨複合体(TFCC)背側から尺側の長軸画像

 

尺屈の動態観察で観ると、三角線維軟骨複合体(TFCC)は三角骨を回り込むように移動して、尺側に凸になる様子が観察されました。高周波数のプローブを使うと、微細な断裂や軽度の滑膜炎も捉えることができ、治療に役立つ情報が溢れています。もはや、「三角線維軟骨複合体(TFCC)はわからない」とは言えなくなってきたと考えています。

三角線維軟骨複合体(TFCC)の観察の場合、表在から近い位置にある事や、手関節の運動を併用しながらの観察を許容するために、ゲルを多めに塗布するか、音響カプラ(ゲルパッド)を利用しての観察が大切となります。超音波の読影を難しくしているのは、実はこの様な超音波の工学的な原理を補完する、ちょっとした工夫の欠如にもあると考えています。デジタル技術の進歩で画質も格段に向上して手軽に観察が可能な超音波ですが、このような工夫で、さらに明瞭な画質に向上させることができるわけです。アナログの機器で水槽に手を沈めながら観察実験を始めた、私の経験からのアドバイスです。

 

 
前のページ 次のページ
大会勉強会情報

施術の腕を磨こう!
大会・勉強会情報

※大会・勉強会情報を掲載したい方はこちら

編集部からのお知らせ

メニュー