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運動器超音波塾【第22回:前腕と手関節の観察法8】

2018/06/01

株式会社エス・エス・ビー
超音波営業部マネージャー
柳澤 昭一

近年、デジタル技術により画像の分解能が飛躍的に向上した超音波は、表在用の高周波プローブの登場により、運動器領域で十分使える機器となりました。この超音波を使って、柔道整復師分野でどのように活用できるのかを、超音波の基礎からわかりやすくお話してまいります。

 

第二十二回 「ロコモは高齢者だけの問題ではないのだ」の巻
―上肢編 前腕と手関節の観察法について 8―

ソフトウェア業界にいる反動か、自分の日常は極めてローテクでアナログな暮らしです。
自家用車も30年以上前の代物で、パーキングアシストやアイドリング停止装置などとは全く無縁な、走る止まる以外は何もできない車です。
あちらこちらにガタがきて、オイルを足したりプラグを磨いたりと手がかかる上に、エンジンをかけるのにもコツがいる曲者で、そのあたりは持ち主と同じです。

人の場合、骨、関節、軟骨、椎間板、筋肉といった運動器のいずれか、あるいは複数に障害が起こり、「立つ」「歩く」といった移動機能が低下している状態を「ロコモティブシンドローム」と言い、これは日本整形外科学会が2007年に提唱した概念です。
団塊の世代が後期高齢者となって介護や社会保障費等の負担が急増する、いわゆる「2025年問題」を踏まえ、いつまでも自分の足で歩き続け、運動器を長持ちさせ、ロコモを予防し、健康寿命(支援や介護の必要のない自立した生活を送れる生存期間)を延ばしていくという目的で提唱されました。本稿の第11回でも書きましたが、子ども達についても、幼稚園から高等学校までの期間、運動器検診の実施が2016年から義務化されました。
そのような中、先行研究として2005年から「運動器検診体制の整備・充実モデル事業」が開始され、2010年には10の道府県で実施された結果、約10%の子どもに運動器疾患が疑われ、更に、バランス能力、柔軟性をチェックする4つの基本動作のうち1つ以上できない子どもの比率は約40%に達したとの驚きの報告がされています。つまり、大人以前の、成長期の子どもの運動器機能不全、ロコモが進行中という結果が出てしまったわけです。

日本スポーツ振興センターの統計によると、子ども全体の骨折率は、40年間で2.5倍に増加しており、中・高校生の骨折率は、2000年頃からさらに増え続け、2011年には1970年の3倍以上になったとされています。
野球検診に技術協力をして感じるのは、予想以上に故障者やその予備軍の子ども達が多いということです。これはもしかして、野球以外のスポーツ分野でも似たような現象が起きているかもしれません。
つまり、多彩な動きの運動遊び、外遊びをあまりしていないロコモの子ども達と、オーバーユースによるスポーツ障害の子ども達、この二極化が子どもの運動環境の中で目立っているということを運動器の健康・日本協会も指摘しています。*1

将来を担う現在の子ども達の身体がそうであるとすると、彼らが30代、40代になった頃にはどうなってしまうのか。今、取り組むべき課題であることは、間違いないでしょう。
そのためには、子ども達や高齢者に対して、運動器に関する適切なアドバイスと指導ができるエキスパートの人材育成がもっと必要で、併せて運動環境の整備も行うべきということです。
そして、超音波による客観的で解剖学的な検査が導入され、それらの科学的データをもとに適切な対策が取られることを切に願ってやみません。
それともその頃には、バーチャルな世界で仕事をこなして、スポーツや旅行もロボットやアバター(仮想空間での分身)を使って、自分は一歩も外へ出ないなんていう時代が来るのでしょうか。私はやっぱり現場まで自分の足で赴いて、旬な名物が食べたい。

図 小学生の腹横筋測定に技術協力

図 小学生の腹横筋測定に技術協力

 

成長期の子供達への運動器検診や高齢者のロコモ対策として、超音波による、特に準備を必要としない簡便性、場所を選ばず可搬性に優れ、被爆が無く安全性の高い検査が実施されることを切に願っています。時代の変化の中で翻弄されるのは、子ども達と高齢者です。
そのような時代の流れに人間の肉体がどう変化しているのか、我々はその事をしっかりと「知る」ことから始めなければなりません。

*1 公益財団法人 運動器の健康・日本協会
http://www.bjd-jp.org/medicalexamination/guide_0.html

 

今回の「運動器の超音波観察法」の話は「前腕と手関節の観察法」の続きとして、前回掲載しきれなかった中手筋とMP関節の観察法を考えてみたいと思います。

 

中手筋の超音波観察法

中手筋は虫様筋、背側骨間筋、掌側骨間筋の3つで構成されています。手掌から短軸で観察すると、それぞれの位置関係が理解しやすくなります。
この場合、中手骨とその浅層にある深指屈筋腱(FDP)を目印とします。虫様筋は示指から小指の深指屈筋腱(FDP)橈側と、中指、環指には深指屈筋腱(FDP)尺側にも観察されます。掌側骨間筋(IOP)は示指中手骨尺側と、環指、小指中手骨橈側に観察されます。*2

図 掌側からの中手筋の短軸での超音波観察法

図 掌側からの中手筋の短軸での超音波観察法

 

長軸の観察の場合、深指屈筋腱(FDP)を目印に描出し、その橈側・尺側にプローブをほぼ平行移動させることで総掌側指動脈と隣接して虫様筋が、深部には掌側骨間筋が描出されます。

図 掌側からの中手筋の長軸での超音波観察法

図 掌側からの中手筋の長軸での超音波観察法

 

手の中手骨、基節骨骨折の外固定における安全肢位 (safety position)は、MP関節は屈曲位、PIP・DIP関節を伸展位に保つイントリンシック・プラス肢位(intrinsic plus position)が解剖学的に最も安全で拘縮を生じにくいとされています。*3
これは、第2~5指の深指屈筋、浅指屈筋、および虫様筋の屈曲力を十分発揮できる肢位で、筋力低下や筋萎縮の予防に効果的であると考えられています。超音波による動態観察をしていると、この意味もよく解ります。

虫様筋の障害については、日常生活動作の中での機能障害として、手根管症候群による短母指屈筋と第一虫様筋の麻痺でのピンチ(ものをつまむ)動作の不全が問題視されます。また、投球障害肘では虫様筋や母指・小指対立筋に機能不全を有する比率が多いという説があります。*4

前回も書いたように、虫様筋は手のひらの奥にある指を屈曲する腱から始まり、指を伸展させる腱に停止している筋肉です。通常の筋肉は両端が腱になって骨に付着していますが、この筋肉は腱と腱を繋ぐような構造になっています。起始が掌側から起こり、停止が指の背側に走行しているのもこの筋の特徴です。虫様筋の変異は様々で、何らかの変異を示すものが61%を占めるとの話もあり*5、観察時には注意が必要です。
この筋肉が働くと、指のDIPとPIP関節が伸展しMP関節が屈曲します。つまり、テニスのラケットや野球のバット等を握った時や、物をつまんだりする時に働くわけです。
更に第3虫様筋と、第4虫様筋は中指と環指、環指と小指をつなぐ構造になっています。最近はボルダリング(スポーツクライミングの一種で、岩や石を登るスポーツ)が流行で、指1本でぶら下がったりした時に虫様筋を損傷するケースが増えているとのことです。
この中指と環指、環指と小指をつなぐ虫様筋が近位方向と遠位方向と別の方向に引き伸ばされることで損傷されるわけです。

また、手の虫様筋の比較解剖学の研究では、基節骨底部に停止する破格が尺側(小指)に位置する虫様筋(第3と第4虫様筋)において出現頻度が高かったとしており、小指に近い指ほど有袋類からの古いかたちをとどめているとしています。*6

樹上生活に適応して進化したサルの手の構造はぶら下がりが得意ですが、人間は物をつかむ事や道具を使う方に向かったことが、これらのことでも実感されます。

*2 皆川洋至 超音波でわかる運動器疾患 メジカルビュー社

*3 石黒 隆:指節骨と中手骨骨折に対するギプス療法.臨整外、39(5), 2004.

*4 栗田 健ほか : 投球障害における手内筋の機能不全 第3報:~年齢における対立筋群の機能の差について~, 日本理学療法学術大会 2012(0), 48101721-48101721, 2013

*5 Kopsch F.Die Insertion der Musculi lumbricales an der Hand des Menschen. Int. Mschr. Anat. Physiol., 15 (1898), pp. 70-77.

*6 池渕 佳史 : 手の虫様筋の比較解剖学的研究, 岡山大学医学部第二解剖学教室,岡山医学会雑誌 104(3-4), 365-374, 1992

 

次に、手背から短軸で手内筋を観察します。この場合も目印は中手骨となります。中手骨の骨間には背側骨間筋が観察され、その深部には掌側骨間筋を観ることができます。

図 背側からの中手筋の短軸・長軸での超音波観察法

図 背側からの中手筋の短軸・長軸での超音波観察法

 

プローブの角度を上手に調整すると、最深部に浅指屈筋腱と深指屈筋腱の動きを観察することもできます。手指の外転により背側骨間筋が緊張し、内転で掌側骨間筋が緊張するなど、互いに「押し競饅頭」をするように筋厚が変化する様子を観察することができます。併せて、MP関節やPIP関節、DIP関節の屈伸動作も行うと、その構造と働きが理解しやすくなります。

神経圧迫症候群、ガングリオンや変性疾患、化膿性感染症、環指・小指の手掌から指に硬結ができるデュピュイトラン拘縮(手掌線維腫症)など、手の疾患にもじつに様々なものがあります。
その場で客観的な解剖学的状況を画像化できる超音波観察は、その中から即時に専門科へ委ねるべき疾患なのかを判断する情報のひとつとしても、たいへん重要な役割があると考えています。

 

 
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