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運動器超音波塾【第22回:前腕と手関節の観察法8】

2018/06/01
MP関節の超音波観察法

それでは、MP関節の超音波観察法です。まずは掌側からの観察です。手の表面形状から観ると指の股の位置に関節がありそうですが、実際は一横指下の位置がMP関節です。
この場合も、観察したい部位が表在から直ぐの深さにありますので、音響カプラ(ゲルパッド)を使用するかゲルを多めに塗布してプローブを浮かせることで距離を稼いで観察をします。
母指の場合、対立運動を行う構造のため屈筋腱の通る位置は屈伸の軸にあり、それを意識しながらプローブを当てる角度(約60°倒し、母指掌側へ垂直)の調整をします。*2

図 中手指節関節(MP関節)と母指MP関節でのプローブの角度

図 中手指節関節(MP関節)と母指MP関節でのプローブの角度

 

MP関節の観察は、A1プーリー(線維性腱鞘)や屈筋腱の炎症とそれらが進行した場合の狭窄性腱鞘炎(ばね指)、バレーボールなどのスポーツでの突き指による側副靭帯損傷とその伸展拘縮や裂離骨折と掌側板損傷、こぶしを握った状態で強打して起こるボクサー骨折、スキーなどでストックを握ったまま転倒し、母指の外転が強制されたときに起こるMP関節尺側側副靱帯損傷などを念頭に注意をして行います。

また、時には滑膜の増殖などRA(関節リューマチ)の所見を観る場合もあり、併せてドブラ機能による毛細血管の拡張などにも注意をして観察することが大切です。

図 母指MP関節の長軸走査 掌側から

図 母指MP関節の長軸走査 掌側から

 

母指の突き指の場合、掌側板損傷に伴う肥厚や血腫に注意をして観察します。

続いて、短軸走査の観察です。プローブを90°直交させ近位遠位に動かして観察を進めます。
中手骨の上には種子骨、長母指屈筋腱の周囲には低エコーにA1プーリーが観察されます。
長母指屈筋腱の下には掌側板があります。
母指の突き指の場合には、超音波診断装置の画面を2画面表示にして左右の指を比較観察すると、掌側板の肥厚の程度などが理解しやすくなります。

図 母指MP関節の短軸走査 掌側から

図 母指MP関節の短軸走査 掌側から

 

橈側の種子骨は尺側の種子骨よりやや大きく、短母指屈筋と短母指外転筋の付着する様子を観察することができます。対して、尺側の種子骨には母指内転筋の線維が付着しています。
これらの腱は、ともに母指基節骨底で停止します。*2

ではそれぞれの種子骨を、長軸で観察してみます。

図 母指 橈側・尺側種子骨の長軸走査 掌側から

図 母指 橈側・尺側種子骨の長軸走査 掌側から

 

続いて、母指MP関節の尺側からの観察です。
尺側側副靭帯(UCL)の損傷はスキーヤー母指ともいわれ、親指の付け根のMP関節が、スキーの転倒でストックにより外側に強制的に曲げられた(外転強制)時などに生じる、靭帯損傷です。
親指を着いて転倒時や、コンタクトスポーツでも損傷します。靭帯損傷の場合、健側と比較してストレスをかけながらの不安定性の観察が大切で、損傷Ⅱ度の場合、血腫と思われる低エコー域と靭帯の腫脹や部分断裂を観察することができます。
損傷Ⅲ度の完全断裂で特に注意すべき点は、断裂の反動で切れた断端が反転してはみ出したところに母指内転筋腱膜が元の位置に戻ることで断端が正常な位置に戻れなくなった状態です。
これをステナー病変(Stener Lesion)といい、手術適応とされています。場合によっては、剥離骨折を伴うようです。この病変もX線では靭帯が正しい位置にあるかの判定が難しく、MRIと超音波が有用とされています。
超音波の観察の場合、「団子状もしくは反転した靱帯断端として見える」と、週刊日本医事新報 4767号の「手指の外傷に対する超音波診療」の記事の中で中島祐子先生(広島大学病院整形外科診療講師)が書かれています。

ちなみに新鮮標本を使ってストレス・テストでステナー病変を作れるかという論文では、尺側矢状索が切れた状態で、屈曲30°で回旋させた場合にのみ発生したとしており、尺側矢状索が切れていなければ起こらないとしています。ストレス検査時には、不用意に回旋させないというのが注意点となるわけです。*7

また、側副靭帯は伸展位で弛緩し屈曲位で伸張するということで、MP関節の屈曲制限については、側副靭帯の影響も示唆されます。

*7 Lankachandra M, Eggers JP, Bogener JW, Hutchison RL. Can physical examination create a stener lesion? J Hand Surg Asian Pac. 2017;22(3):350-354. doi: 10.1142/S0218810417500411.

 

図 母指 MP関節 尺側側副靭帯(UCL)の長軸走査

図 母指 MP関節 尺側側副靭帯(UCL)の長軸走査

 

母指MP関節の尺側側副靭帯(UCL)の長軸走査では、尺側側副靭帯(UCL)の基節骨側の付着部は面のような構造になっており、目印となります。上図は外転ストレスをかけた画像で、基節骨が中手骨に対して下方にスライドして尺側側副靭帯(UCL)が伸ばされるのが観察されています。
この場合、中手骨側の尺側側副靭帯(UCL)はあまり伸張せず、間隙から基節骨側の部分が伸張している様子が観察されました。
このあたりのメカニズムは矢状索の働きによってなのか、靭帯付着部の構造によるのか、或いは単に経年変化による硬さの問題なのか、まだまだ研究の余地ありそうです。側副靭帯損傷は、母指MP関節、示指~小指はPIP関節に多く、DIP関節での損傷はほとんど無いとされています。

次に母指MP関節の背側からの観察です。
長母指伸筋腱(EPL)は、嗅ぎタバコ窩の位置で簡単に触診ができます。この位置で長母指伸筋腱の長軸にプローブを置き、MP関節の方へ遠位に移動させます。

図 母指MP関節の長軸走査 背側から

図 母指MP関節の長軸走査 背側から

 

伸筋腱の断裂の場合、腱の連続した線維構造が途切れて観察されます。
この時に他動的に少しだけ屈伸させると、伸筋腱末梢の断端のみが動作する様子が観察され、途切れた位置が確認できます。バスケットボールの突き指からの外傷では、伸筋腱の尺側脱臼が稀にあり、支えているはずの矢状索(sagittal band)が断裂することで手を強く握った時に脱臼状態となって痛みを伴うと言う症例報告があります。*8
この腱脱臼などの不安定性の状態は、超音波の動態観察で良く解ります。また、ボクサー骨折や変形性関節症(OA)、関節リウマチ(RA)の骨びらん(erosion)などで注意が必要な中手骨骨頭の軟骨面や骨皮質も、屈曲してくると関節面まで良く描出され、有用な観察となります。

もう一つ、示指から小指の障害の場合、PIP関節は手内在筋で伸展が可能な為、この手指の付け根、MP関節での伸展ができるかを動態確認することも、忘れてはならないポイントです。

*8 山口 将則 : 外傷性母指伸筋腱脱臼の1例, 臨床整形外科 46(12), 1165-1167, 2011-12

 

動画 長母指伸筋腱(EPL)の動態観察(長軸走査)と母指MP関節の屈伸動作

では、動画です。
実際に長母指伸筋腱EPLの動態とMP関節の屈曲・伸展動作を観察してみます。

長母指伸筋腱の動きに伴いやわらかな関節包のたわみと、MP関節を屈曲するとよりタイトに動作する伸筋腱の様子が観察されます。この画像では、基節骨背側底の骨隆起に短母指伸筋腱(EPB)が付着して、長母指伸筋腱と合一している様子が観察されています。
更に基節骨背側底の骨隆起を固定して橈側へプローブを調整すると、短母指伸筋腱(EPB)の走行を観察することもできます。

長母指外転筋と短母指伸筋の破格について調べてみると、何万年か後にヒトの橈側手根骨、第1中手骨および指骨は形状を変え、それらが複雑な関節を作り、母指が新しい運動機能を取得する可能性があるとの説があります。*9
未来人の親指は全く違った機能に進化しているか、或いはAIによって道具を使う生活から離れ、その機能自体が退化してしまうか。
いずれにしても、人類が絶滅していなければのお話しですが。

*9 岡崎 勝至 : 日本人の長母指外転筋および短母指伸筋の肉眼解剖学的研究, 愛知医科大学医学会雑誌,30(1): 65-73, 2002.

 

それでは、まとめです。
今回の観察法でポイントとなる事項をまとめると、下記のようになります。

中手筋の短軸走査で掌側からの観察の場合、中手骨とその浅層にある深指屈筋腱(FDP)を目印とする
手の中手骨、基節骨骨折の外固定における安全肢位 (safety position)は、MP関節は屈曲位、 PIP・DIP関節を伸展位に保つイントリンシック・プラス肢位(intrinsic plus position)が解剖学的に最も安全で拘縮を生じにくいとされている
虫様筋の障害については、日常生活動作の中での機能障害として、手根管症候群による短母指屈筋と第一虫様筋の麻痺でのピンチ(ものをつまむ)動作の不全が問題視される
投球障害肘では、虫様筋や母指・小指対立筋に機能不全を有する比率が多いという説がある
虫様筋の変異は様々で、何らかの変異を示すものが61%を占めるとの説がある
最近はボルダリング(スポーツクライミングの一種で、岩や石を登るスポーツ)の流行で、虫様筋を損傷するケースが増えている
背側骨間筋は中手骨近位レベルで2頭にセパレートして観察され、手指を外転させると筋厚が変わることで位置が同定しやすくなる
その場で客観的な解剖学的状況を画像化できる超音波観察は、即時に専門科へ委ねるべき疾患なのかを判断する情報のひとつとしても、たいへん重要な役割がある
母指MP関節は対立運動を行う構造のため屈筋腱の通る位置は屈伸の軸にあり、掌側からの観察の場合、プローブを当てる角度(約60°倒し、母指掌側へ垂直)を調整する
MP関節の観察では、滑膜の増殖などRA(関節リューマチ)の所見を観る場合もあり、併せてドブラ機能による毛細血管の拡張などにも注意をして観察する
母指のばね指の場合、A1プーリー、屈筋腱、掌側板とも肥厚していることが多いとされ、少し屈伸させることでA1プーリーや掌側板の柔らかさが失われている様子が観察される
母指MP関節の橈側の種子骨は尺側の種子骨よりやや大きく、短母指屈筋と短母指外転筋が付着し、尺側の種子骨には母指内転筋の線維が付着するのを観察できる
母指MP関節の尺側側副靭帯(UCL)の損傷はスキーヤー母指ともいわれ、靭帯損傷の場合、健側と比較してストレスをかけながらの不安定性の観察が大切となる
ステナー病変(Stener Lesion)は、超音波の観察の場合、団子状もしくは反転した靱帯断端として見える
ステナー病変(Stener Lesion)のストレス検査時には、不用意に回旋させないというのが注意点となる
母指MP関節の尺側側副靭帯(UCL)の長軸走査では、尺側側副靭帯(UCL)の基節骨側の付着部は面のような構造になっており、目印となる
母指MP関節の背側から長母指伸筋腱(EPL)を観察する場合、嗅ぎタバコ窩の位置で触診して腱の長軸にプローブを置き、MP関節の方へ移動させて観察すると構造が解りやすい
MP関節での伸筋腱断裂の場合、腱の連続した線維構造が途切れて観察され、他動的に少しだけ屈伸させると、伸筋腱末梢の断端のみが動作する様子が観察されることで途切れた位置が確認できる
示指から小指の障害の場合、PIP関節は手内在筋で伸展が可能な為、この手指の付け根、MP関節での伸展ができるかを動態確認することも重要である

 

次回は「上肢編 指の観察法」として、弾発現象について考えてみたいと思います。

 

情報提供:(株)エス・エス・ビー

 
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