柔道整復学の確立に向けて
柔道整復「術」から柔道整復「学」へ。
「柔道整復には術はあっても学は無い」という言葉を皆さんも1度は耳にしたことがあるだろう。しかし今、柔整整復が医療専門職として認知される環境を整えるため、「柔道整復学の確立」を目指す活動が行なわれていることはご存知だろうか。
今回はその最前線で活動している富山大学大学院柔道整復学講座 学位授与機構担当の酒井重数氏に、活動内容や柔道整復学確立に向けた想いをご執筆をいただいた。
柔道整復学の確立に向けて
(公社)日本柔道整復師会学術部員 富山大学大学院柔道整復学講座
学位授与機構担当 酒井 重数
(公社)日本柔道整復師会(以下、日整)の出資により、平成21年より国立行政法人富山大学大学院に柔道整復学講座(以下、柔整講座)を開設致しました。柔整講座では平成15年~20年に日整にて実施した「柔道整復学構築プロジェクト」を継承し、更なる柔道整復学の確立・発展に寄与することを目的に設置し、運営しております。
柔整講座では、開設当初より柔道整復術の科学的解明、とりわけ帰納法的手法による生理学的解明を行い、経験医学として発展してきた柔道整復術の治療効果のEvidenceを明らかにすることを目的として研究活動を行う一方、全国の柔道整復師の先生方へ「学」に関する関連情報を発信し、柔道整復学の確立と活用に寄与することを目的に活動して参りました。
「柔道整復学の確立と活用」といった漠然とした目標ですが、柔整講座では文部科学省の諮問機関である独立行政法人大学評価・学位授与機構による「柔道整復学」専攻区分新設を「柔道整復学確立」の一里塚と位置付け、全国の柔道整復師の先生方に積極的に学習の機会を創って頂き、アカデミックな知の世界で研鑽を重ね、将来的には学士取得を生涯学習の目標として捉えて頂きたいと考えています。
大学評価・学位授与機構(以下、学位授与機構)とは聞き慣れない組織ですが、「独立行政法人大学評価・学位授与機構法」等の法律によって設立され、我が国における大学教育の評価と学位の授与や「学」の評価・認定等を行なっています。学位授与機構では、現在、27分野59区分の専攻学区分が分類されており、医療関連部門としては「保健衛生学」、「鍼灸学」、「看護学」等が認定されています。
その学位認定区分に「柔道整復学」の新設を申請し関係機関と折衝して参りましたが、新設のための準備を開始するとの報告を受けました。柔道整復学の区分新設により、1920年(大正9年)に公認された柔道整復師の歴史に新たな1ページが加わるよう期待しています。是非、この学位区分新設を契機に、全国の柔道整復師の先生方におかれましては、科学的エビデンスに基づいた柔道整復施術を地域の方々へ施すことにより、地域における医療と福祉の向上に大いに役立てて頂き、柔道整復師の評価が向上されるよう願っております。
【柔道整復学区分新設の現状】
現在、日本には自称、他称、公認、非公認を問わず700を越える専門領域が存在すると言われています。その700の中で社会的評価が得られ、さらに国際的な批判に耐え、独立した「学問」と位置付けられ学位授与機構が承認する領域は、先にも述べましたように僅か27分野63専攻区分に限られています。
医療関連分野では薬剤の専門領域である「薬科学」、看護師の「看護学」、PT・OT・診療放射線技師・臨床検査技師等の「保健衛生学」、鍼灸師の「鍼灸学」、歯科技工士・歯科衛生士の「口腔保健学」が認定されています。
以前より申請を行っているものの認定されていない一例として、「美容学」があげられます。主として女性の美しさを追求する専門領域であり、美容に関する業界や団体から幾度も学位授与機構に美容学区分新設申請を行っていますが、学位授与機構が公認することは、その領域を国が認めたことになり、国際的にも、国内的にも「美容学」が学問として認知、成熟されていない現状では難しいと却下されています。
すなわち学位授与機構が公認する学位区分は、我が国が認めた「学問」領域と位置付けられ、学問体系、専門領域、教育体制、国民の認知度等々様々な側面から評価され、判断されています。
柔整講座では設立当初より、学位授与機構に対し、「柔道整復師総意として、柔道整復学区分を新設して頂きたい。」との要望を幾度となく訴えた結果、本年にもトライアルテスト(試用)にて柔道整復師の学に対する意識調査、成熟度を確認したいとの返答を受けました。
学位授与機構よりテスト実施が公表され、このテスト期間中に全国の柔道整復師から「柔道整復学士」への申請数が多く、「学問」として業界で育み、成熟されると予想される場合は、柔道整復学の学位新設が公認されます。
学位授与機構より学位が授与された際は、4年制の柔道整復大学を卒業した柔道整復学士と同等の社会的評価、国際評価が得られると法律に明記してあります。 大学教育では124単位の単位取得が卒業の必須要件であり、約半分の62単位以上は専門領域、31単位以上は専門関連領域、残りの31単位以上は一般教養と振り分けられています。
柔道整復師養成施設である専門学校では、一般教養の単位が少なく、そのことが社会的に、国際的に、特に医療専門職としての能力不足との誹りを否めない背景の一つであり、学士取得者を増やし対応することが将来の業界発展のためには必須といえます。
【学位取得の波及効果】
柔道整復(接骨)術は我が国固有の伝統医学であり、過去に幾多の存続の危機を迎えましたが国民との信頼関係により乗り越え、今日まで受け継がれてきています。
しかし一方、一部の医療関係者に端を発する言動ではありますが「術はあっても学は無い」や「術も学も無い滅び行く業界」と侮蔑の悪罵を浴びせられ、年々、医療界でのアイデンティティーを保つことが難しくなってきていることも事実です。これらの原因の一つとしては、毎年5,000名以上誕生する柔道整復師に対する研修先の確保が難しいことや法制化・義務化された臨床研修、開業研修が未整備なため、臨床経験を有しない、医療人としての意識が希薄な柔道整復師による安易な開業の増加、それに符合する(極一部ですが不心得者による)療養費取扱ルールを逸脱した不正請求の増加から、柔道整復師に対する社会的評価が近年、著しく低下していることがあげられます。
国民はじめ医療関係者、保険者、行政機関との信頼関係を取り戻すためには、新しい基準を速やかに提示し実践する必要に迫られています。
そこで柔道整復師としての質の担保を国の機関である学位授与機構が認定する「柔道整復学士」を基準として位置付け、(公社)日本柔道整復師会はじめ日本柔道整復接骨医学会、柔道整復師の教育や指導的立場の組織、団体が学士取得のための指導を行い、多くの柔道整復学士を誕生させると共に学士取得の意義を業界内外に積極的に啓蒙することが重要と思われます。それらの作業を実施する事が、公益法人や医療専門職団体としての使命を全うするための事業であり、10年後の柔整業界が医療専門職として認知される環境を整えるための第一歩になると考えています。
平成20年3月29日(土)プリンスパークタワー東京にて行われた「柔道整復学」構築プロジェクト完成報告会にて、柔道整復学推進本部最高顧問 信原克哉先生より開会のご挨拶にて「柔道整復は長らく『術はあっても学は無い』と言われてきましたが、「学」は皆様方の中にありました。私は皆様方の中にある「学」を纏めただけです。(中略)このプロジェクトを契機に皆さんで柔道整復学を育み発展させて下さい。」と締めくくられました。
信原先生のお言葉にあるように、「柔道整復学」を育むことができるのは柔道整復師自身であり、お一人お一人の先生方が「柔道整復学が必要である。」と意識し実践された先に、初めて柔道整復が「学」として認知され、確立される時となります。
1920年(大正9年)に公認され、約一世紀となる柔道整復業界ですが、発祥からの悲願でもある柔道整復学確立に向け、全国の柔道整復師の先生方の力を結集し、私達の手で、柔道整復師自身の手で柔道整復学を創造し育んでいきたいと考えております。
是非とも、この趣旨にご理解を賜りますよう心よりお願いを申し上げます。
柔道整復学区分新設の際には全国各地の柔道整復師の先生方の多数の申請をお願い申し上げ、報告とさせて頂きます。
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