menu

ビッグインタビュー:
(一社)スポーツ・コンプライアンス教育振興機構代表理事・武藤芳照氏

2019/01/21

スポーツ・コンプライアンス教育振興機構の武藤芳照代表理事は、東京厚生年金病院に整形外科医として勤務した後、東京大学理事・副学長を務める等、37年もの間、教育に携わってきた方である。しかもオリンピックチームドクターも長きに亘って務め、医療・教育・スポーツ分野への貢献はあまりにも大きい。
2020東京五輪・パラリンピックを目前に控え、スポーツ選手への華々しい活躍が期待される一方で、スポーツ競技団体並びに指導者や選手の不祥事も頻繁に起きている。
武藤代表理事にスポーツのコンプライアンスについて、詳しく話して頂いた。

伊藤 義徳 氏

(一社)スポーツ・コンプライアンス
教育振興機構 代表理事
武藤 芳照 氏

 
スポーツのコンプライアンス教育を通して、フェアで全うなスポーツを広めていきます!

―平成29年6月29日に開かれた(一社)スポーツ・コンプライアンス教育振興機構の発足記念会で武藤理事長は〝今年の3月に文部科学省から提示された第二次総合基本計画の中に、「クリーンでフェアなスポーツ精神によるスポーツの価値の向上」が謳われており、コンプライアンスの徹底、スポーツ団体のガバナンスの強化等が明確に示されています。昨今、まことに残念なことではありますが、わが国のスポーツ界では様々な社会的事件、不祥事、コンプライアンス違反の事例が続いておりスポーツの価値が損なわれようとしております。各競技団体組織は、その対応に苦慮しているのが現状です〟と仰られていますが、それどころではない事態が次々と発生し、今や国民はスポーツ、特にアマチュアのスポーツが清廉なものではないんだという印象さえ持ってしまうような事態になっていると思います。貴機構ではこれらの事態に、今後どの様なことをして国民にスポーツの信頼を取り戻そうとお考えでしょうか?

まず「予防に勝る治療は無い」ということに尽きると思います。「スポーツには、明暗二相あり」と言われている通り、明るいところと暗いところがあり、社会を変え心奮わせるような感動・感激を招くのもスポーツですし、一方で非常に暗い、或いはこんな酷いことがと驚いてしまうようなことが起きてしまうのもスポーツの負の側面だと思います。つまり、明るい面と暗い面との両面あるのがあらゆる事象であると思いますが、光があれば影もある。光はより強い光、或いは輝く光にみんなで努力と工夫をして働きかけをするべきでしょうし、暗い面やネガティブな所はなるべく小さくして、ゼロには出来ないにしても減らす努力はすべきです。なにしろスポーツが持っている価値とか力とか社会への信頼は計り知れないものがあるというのは古今東西多くの人が語り伝え実感をしていると思いますし、それは間違いのない事実だと思います。だからこそスポーツが連綿と続き拡がり深まり、関わる人が増えてきているのです。

例えば、雑誌・新聞・テレビ・ラジオ等々でもスポーツが占める割合はどんどん増えており、20年前30年前の新聞と今の新聞を比べてみるとスポーツが占めるスペースは非常に大きい。また朝のニュースや夜のニュース、バラエティ番組でもスポーツ関係が占める時間帯の割合が間違いなく増えています。つまり、スポーツの社会化は進展していることは確かなことであると思います。かつては、元気な若者たちが行うのがスポーツであったけれども、今や子どもから高齢者そして障害のある人も含めて性別・年代・健康度・障害の有無等に関わらず多彩なスポーツが連綿として続けられており、しかもそれが更にもっともっと発展しようとしている状況ですから、過去にも「明暗二相」はありましたが、過去以上に多彩な「明暗二相」になってきているということです。

その上、2020年の東京五輪・パラリンピックはもう2年を切って間もない状況になっていますので、実はこのままで本当に良いのだろうかと思われる事態が陰、アンダーグラウンドで多々あった筈です。そういうこともあり日本に対してIOCがコンプライアンスの徹底をしっかり行うようにという依頼なり指示がきている状況が生まれているということもある訳です。恐らく様々な要因が重なって体罰・暴力・暴言・ハラスメント・犯罪・パラドーピング等々が生じ、頻発して明るみに出る機会と場が増えたということのように思います。一方、スポーツが社会化した負の側面として、報償や収入、ご褒美やメダル等、そういう対価が生まれるスポーツも拡がっています。従って、本来の所謂アマチュアリズムで普及していた日本のスポーツ界から報償等が前提とされたプロのスポーツが一般化して、しかも若年化してきています。従って、それに伴ってかつてよりもリスクが高くなってきているのです。例えば、バトミントンのM選手のように20才前後で一挙に大金を掴むようなことが決して珍しくなくなって、いま20才で何億というお金が簡単に手に入ってしまうスポーツ、その中で平然と居なさいというのは50代60代の人でも中々難しいでしょう。つまり、日本のスポーツが若年化をしていて更に社会化の負の側面が加わった分だけ、かつてない世代の不祥事が顕在化しているのだろうと現状分析をしています。

しかしながら我々は警察でもなく東京地検特捜部でもないので取り締まるとか、検挙したり逮捕したり、拘置するということはあり得ません。また、そういう役割でもありません。但し、本来持っているスポーツの価値とか、そして何より信頼が損なわれることを看過することは出来ないですし、看過してはいけないと考えています。それは何故かというと、そのスポーツが持っている価値、スポーツの力によって育てられ、助けられ、いま私達はあると、スポーツ界に40年以上生きている人間としては思うんです。その中でやはり「予防に勝る治療は無い」ということで、不祥事をゼロには多分出来ないだろうけれども、今よりは減らして、本来スポーツの持っている価値・力・社会の信頼が高まるように、或いは保たれるように努力することが社会的責務であると認識しています。

 

―貴機構の使命と役割についても教えてください。

スポーツコンプライアンスという名称に「教育」をつけ加えることで、立場を鮮明にしております。例えば、アンチドーピング機構というのがありますが、あれはドーピングをしないように実務的な活動をしましょうという組織です。アンチドーピングも範疇に入りますが、もっと幅広いスポーツ界のコンプライアンス違反事案を極力減らせるように「教育」という視点を用いて「予防に勝る治療は無い」を実践しようということで基本理念を固めました。当機構の基本理念は〝ルールとフェアプレイ精神を守り、スポーツを愛する人々と、スポーツの価値を守り育む〟です。かなり議論を重ね、叩き台を幾つか作ってそれを固めていって最終的に勉強会のメンバーが合意したものです。

所謂趣意書を作成するにあたって、やはり理念が必要になりますし、組織や団体、或いは何か新しいものを作る時には基本理念、基本思想が大切です。どんな団体で〝何を目的としているんですか〟と問われた時に少なくともこの3行を読んでもらうことで、イメージを掴んで頂けるようにしたいと考えました。

設立記念パーティで「十年樹木、百年樹林」と話しましたが、一番の教育活動は人を育てることです。従って、教えている先生以上の人間を育てれば良い訳です。私は37年間大学教師をして、自分よりも優秀な人間を育てることを目指してやってきました。昨年度は、スポーツ庁の委託事業を行いまして、その報告書を5月からインターネットでオープンにしています。その中に、今のスポーツ団体のことを分析して書きましたので多くの人に読んで頂ければと思っております。フェアプレイ精神の良い話や物語等から、素材を提供して公平、公正さが大事であることを伝えましょうと、そのエッセンスのようなものを紹介しています。

同時に事案を集めて整理をして、殆ど毎日のように新聞に出ている一例一例を纏めてみると大体パターンが見えてくるのです。これは病院での仕事もそうですし、スポーツ界の仕事もそうですが、事例を収集整理して分析をすると、一例では見えないけれども全体像を正確に把握することが出来ますので、それを予防に結びつけていくことが大事です。昨年度の委託事業を収集して整理したのが第一弾で、これは今年度も継続しています。その継続した事案集をベースとして、夫々のいろいろな意見を含めて2つ事業を開始したところです。

例えば、日本の歴史や世界の歴史の学習マンガがありますが、1つはスポーツコンプライアンスの「学習マンガ」を発刊予定で、いま出版社と調整を始めていますが、来年の夏までには発刊に漕ぎつけたい。最初の成果物なのでしっかり時間をかけて質を担保して、多くの皆さんに読まれて役に立つような本にしたいと思っています。その「学習マンガ」を各高校・大学の運動部のメンバー、コーチ、指導者、出来れば学校の教材として使ってもらえればと思っています。もう1つは、「スポーツコンプライアンスオフィサー」の養成事業を来年の3月に東京大学の弥生講堂で開催予定です。12月11日から全国に公表をして募集を開始します。それが人材養成の第1弾になります。

 

―事例を通して不祥事等の予防に繋げる重要性についてもう少し教えてください。

譬えていうと、カヌーの選手のパラドーピングという事件がありました。先輩が後輩のライバルの選手を陥れるために筋肉増強剤を彼が必ず飲むであろう飲み物の容器に混入して相手をドーピング違反にさせて我が身がその空いたポジションに入ろうという話です。結果として、パラドーピングを起こさせないために監視体制を強化することになりました。それが間違っているとは思いませんが、ポイントは、やはり其処まで追い詰められてしまっているその二人の関係性やスポーツ現場の環境等、何でその選手はそういう思いに至ったのかという心理分析と、そこの深い洞察がない限り似たようなことが他の種目、他の現場でも起こりうると思っています。何かが起こるとセキュリティをしっかりしろだとか、中止にしましょうとか、例えばプ-ルの飛び込み事故が起こると飛び込み台を全部撤去してしまったり、或いは飛び込み全面禁止等、禁止する対策をとられることが多い。勿論環境要因もありますが、そうではなく〝何で起きたのか?〟という、その選手の置かれた立場、要因をしっかり分析をしない限り、同じようなことが起こると思います。そういう意味で、事例から学ぶために重要事例については多職種連携でしっかり事例分析を行う、そういう取り組みが必要だと思っています。先程申し上げた「学習マンガ」を作るにあたって編集委員会を結成しますけれども、単に企画構成の検討会だけではなく〝カヌーの事件について皆さん如何おもいますか?〟と。いろんな意見があると思います。そういうことを勉強会で積み上げていって「学習マンガ」の構成の中に反映されるように工夫したいと考えています。

 

―スポーツ庁長官・鈴木大地氏が発足記念会で〝今年3月に策定された新しいスポーツ基本計画2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて我が国のスポーツインテグリティを高め、推進して参りたい。スポーツ庁としても、スポーツ行政の重要な課題であり、メダルの色や数だけではなく、スポーツインテグリティのチャンピオンを目指す等、関係の皆様と一体となって取り組んで参りたい〟と話されました。スポーツインテグリティのチャンピオンを目指すとはどのようなことでしょうか。

私がオリンピックのチームドクターを長年やっていた関係で、鈴木大地君は高校の時にロサンゼルスオリンピック、大学の時にはソウルオリンピックの代表選手でした。長い間ずっと一緒に水泳の現場に居て、彼が現役を引退した後もいろんな形で彼の研究論文のお手伝いや助言をするなど、長いお付き合いであります。彼は今、スポーツ庁の長官なのでそのお立場があります。ただ一方でスポーツ界のことについて意見交換や情報交換をしています。  「インテグリティスポーツ」という言葉については、IOCがよく使う言葉で、日本語にすると明確には分かり難い。「高潔の士」や「高潔な人」等、潔癖で立派な振舞いの凛々しい人という意味で使うことはありますが、「スポーツの高潔性」と言われると少し違うかなと。勉強会の時に「インテグリティ」をどの様に訳すかと、みんなに書いて貰ったことがあるんです。いろんな意見がありましたが、一番私が良いなと思ったのは〝全うさ〟〝全うなスポーツ〟、元々インテグリティ、インテグレーションというのは、纏め上げるみたいな意味ですので〝全うなスポーツをみんなに広げようよ〟というほうが日本語らしいし、分りやすいと思います。つまり、不祥事が起きているのは、全うなスポーツではないということです。

一方で先に申し上げたスポーツが社会化をして、その分スポーツが変容している訳です。スポーツは社会化すると同時に変容して多彩化している。だから余計に様々な負の側面が今までと違った形で起きているんだと思います。そういう現状分析の基にスポーツ界のインテグリティというのを考えなければいけないので、単に競技ルールを守っていれば良いという話ではないと思うのです。社会の中におけるスポーツになってきていますし、しかも非常に幅広く深くスポーツに関わっている社会の様々な分野がある。そのことを認識した上でインテグリティスポーツを語らなければいけないと思います。

本機構を立ち上げた時に、最初に声がかかったのが競輪と競馬の協会からでした。競馬は農林水産省、競輪は経済産業省の管轄です。スポーツというのはことほど左様に多彩で、文部科学省、スポーツ省で全てのスポーツを把握出来ないのです。馬のドーピングというのは昔からあってその検査も行っていますし、また八百長が起きないように「競馬法」「競輪法」という法律があります。それぐらい的確に運営していても不祥事が起きます。いま私は競馬場を合計6カ所回って、レースがない日に全騎手、調教師を集めて講義をしております。ある意味、競輪・競馬の公営ギャンブルもスポーツそのもので、競輪も馬術もオリンピック種目です。そういうことも視野に入れてスポーツインテグリティの全う性を考えなければいけないと思います。スポーツのインテグリティというのは、スポーツというものは非常に幅広く多岐に亘っていて、その中の全うさを求めていく営みであるという捉え方が必要です。特に競輪や競馬の選手達といろんな話をするようになってから、私もある意味目を開かせられた思いなので、スポーツというのは極めて幅広いものなのだと、知らないスポーツも沢山あり、オリンピックだけが全てじゃないということです。ゼロには出来ないけれど、やはりこういう努力をみんなでしませんかという話ですし、それに反対する人はおりません。

 

前のページ 次のページ
 
大会勉強会情報

施術の腕を磨こう!
大会・勉強会情報

※大会・勉強会情報を掲載したい方はこちら

編集部からのお知らせ

メニュー