HOME › トピック › ☆古今東西 柔整のキーパーソンたち No.4-1『我が国の医療療養の抜本的な改革を目指しています!』 › ページ 2

☆古今東西 柔整のキーパーソンたち No.4-1『我が国の医療療養の抜本的な改革を目指しています!』

トピック

―日本の医療の現状として、誤診が存在することやそれを防ぐ手立てが十分に行われていないという酒田先生のご認識ですが、そのことは「診断権のない柔整師」にあまり関係ないように思われますが如何でしょうか?

過誤の問題は医師だけの問題か?

ここまでは医療に的を絞ってお話をしましたが、これは療養分野にもそのまま当てはまる問題だと思います。過誤の問題は私たち柔整師にとっても他人ごとではありません。

私たち柔整師が診立てる対象は、「急性亜急性の骨・関節・筋腱等軟部組織の損傷・障害」という私たちの業務範囲内疾患です。そこで診立てを誤らないことが、まずは大変重要です。

たとえば非常に初歩的なケースで言えば、「腕を捻挫して痛めた」という患者さんが来られた時、捻挫が手関節に存在しているのか肘関節に存在しているのか肩関節に存在しているのかを、当然私たちは見極めなければならないわけです。もしその診立てを間違えれば、見当違いの部位を固定してしまうといったような、不適切な施術をすることになります。

これは笑い事ではありません。私は実際に、整形外科医によって手関節を固定されていたが実際はなんと上腕骨頚部骨折だった患者さんや、整形外科医によって指関節を固定されていたが実際は有鉤骨骨折だった患者さんなどを発見したことがあります。もちろんすぐに信頼できる専門医に紹介して確定診断をもらいました。

笑い話ではなく、現実にあった話です。同じような間違えを犯している柔整師だって中にはいることでしょう。
そういうことを無くしていかねばならないのは、言うまでもないことです。

ただ多くのまともな柔整師は、こういった業務範囲内疾患であれば、しっかりと診立てることが比較的得意でしょう。
しかし問題は、診立てた結果私たちの業務範囲外疾患が疑われるケースだったらどうするのか、という点です。当然こういうケースも日常的に多々あるわけです。そういう場合は、そもそも私たちの施術の適応外なのですから、しかるべき専門医への紹介が必要になります。

ですから、私たちが診立てる際には、業務範囲内疾患の状態を正確に診立てることと同時に、業務範囲内疾患か範囲外疾患かの区別もしっかり付けることが重要でもあるわけです。ここで誤ってしまうと、本来別の診療科にかかるべき患者さんを自分たちのところで施術してしまうという大きな過ちを犯すことにもなりかねません。そうなると患者さんには多大な不利益を与えてしまうことになります。ですからこの点については最大級の注意を払うことが私たちにも必要だと思います。

こうやって考えていくと、医師が誤診を減らすよう努力する必要があるのとまったく同様に、私たち柔整師も当然自分たちの診立てを誤ることがないように日々最大限の努力をし続けていくことが社会から求められている、ということになろうかと思います。

これは医療療養全体に常に共通する、重要な課題であるわけです。

医療療養の原点

ここで原点に立ち返って、そもそも医療療養が目指すべき本質は何かをもう一度考えてみましょう。

それは『国民の命と健康を守ること』です。
私たちはその大きな「ビジョン」の傘下に存在しています。その中で私たちは外傷に対する施術という「ミッション」を国家から与えられて、それを生業としているという構造です。

すなわち私たちがやるべきは「外傷の回復を図る施術を提供するというミッション」であることはもちろんのこと、それと同時に「患者さんの命と健康が守られるという大元のビジョン」を常に見据えて、考えて行動しなければならない、そういう立場に私たちはあるわけです。

そこを忘れて、外傷の施術だけにしか目を向けないでいる間に患者さんの命と健康が損なわれてしまったのでは、元も子もなくなってしまうのです。

そういうことだと、医師や国民からは「だから柔整師はダメなんだ」と言われてしまうようになっていくでしょう。「柔整師のところに行くと、外傷の施術だけで頭がいっぱいでそれ以外のことは自分たちに関係ないと思っているから、誰が見ても分かるような重要な徴候を見落として、患者さんに残された貴重な時間を無駄にする。そして結果として手遅れになるような事態を招く。だから柔整師なんて不要である。返って柔整師なんて社会から無くしてしまったほうが良い。」などとも言われてしまうようにもなりかねません。

私たちがそういう姿勢でいる限り、やはり社会からは次第に信用を失い、必要性を認められる存在ではいられなくなってしまうと思います。

そうではなく、私たちは常に「医療のビジョン」をしっかりと見据え、それを自らの胸の中に常に強く抱き、その原点に常に立ち返りながら、いつどんな患者さんが来ても正しい対応が出来るよう常日頃からしっかりと準備をし、現場では日々緊張感を持って、腹を据えて、しっかり責任をもって仕事にあたっていくことが、最も重要だと私は考えるのです。

柔整師は外傷の施術だけを考えていれば良いのか?

「そうは言ったって、私たちが外傷の施術以外に何ができるのか。私たちは外傷施術の専門家であり、それが私たちの本分ではないか」、というご意見もよく耳にします。私たちの本分がそうであることについては全くその通りであり、私にも異論は全くありません。

しかし「私たちに求められていることはそれだけか」と言うと、そこには一言申し添えておきたいことがあります。

私たちが柔整学校で、一般臨床医学や、運動器以外の分野も含めた解剖学全般と生理学や公衆衛生学など様々な分野の医学を学んで、それらの分野がすべて国家試験にも出題されて、免許取得要件の一つにもなっているのには、理由があると私は考えています。

それは私たちに国家が免許を与えて柔道整復術の施術を許可する以上、『「専門領域外でも最低限知っておいてもらわなければならない」と国家が私たちに求めている医学知識がある』、ということではないでしょうか。

そしてそれらを学んだからには、臨床で必要に迫られた場合にはその医学知識を当然生かさなくてはなりません。私たちの臨床では生かす必要がないのであれば、そもそも一般臨床医学その他を学ぶ必要などなかったということになってしまいます。私たちの臨床でも生かす必要があるからこそ、学ばなければならないという決まりになっているのではないでしょうか。

さらに具体的に言えば、「国家からの要請に従い、その知識を十分に生かして自分たちの業務範囲内疾患か否かを常に見極め、必要な場合は医師への紹介をきちんと行うこと」、これが社会と国家から求められているのでしょう。だからこそ、私たちは柔道整復学のみならず一般臨床医学その他の医学をわざわざ必須科目として学ぶよう義務付けられているわけです。

もちろん学校で一般臨床医学を学んだからといって、その知識を現場ですぐに使いこなせるわけではないでしょう。学校で骨折の整復の仕方を習ったからといって、現場ですぐにまともな整復ができるわけではないのと同じことです。私たちのような仕事に就く者にとっては、卒後も一生にわたって医学知識を広く学び続け、それを「単なる知識」としてではなく「使える知恵」としてしっかりと刻み込み、同時に技術を磨き続ける、という姿勢が不可欠でしょう。

これは医師でも全く同じです。医師免許を取っただけでは使いものになりません。その後学び続け成長し続けてこそ、いっぱしの医師になるわけです。それをしなかった医師が、残念ながらレベルの低い誤診をし続けるわけです。私たちはそうならないようにしなければなりません。私たちに診断権があるなしに関わらず、誤った診立てや見落としは、患者さんにダイレクトに影響を与えてしまうからです。そしてまさに私たち自身の日常業務の正当性にも直結して影響してくる問題でもあるからです。

そういう面から見れば、この取り組み、すなわち患者さんを総合的に診る目を養い、医師との連携をしっかりと図りながら仕事にあたることは、患者さんのみならず「私たち自身のリスクマネジメント」としても大変重要なことだと言えるでしょう。つまり必要な場合の専門医への紹介業務は、サービスではなく私たちにとって義務であり、さらには自分たち自身にとっての危機管理対策でもあるという認識が必要でしょう。そういう認識で、「診立て」と「紹介業務」にも力を入れていく必要があるのではないかと思っています。

―「基本的な診察によって見つけられるはずのものが見落とされたり間違えたりされているケースが少なくない」とのご主張ですが、どうしてそのようなことが言えるのですか?どういった根拠でそのようにおっしゃるのでしょうか?

そうですね。なぜそのように私が言うのか、また言えるのか、次にその根拠を説明させていただきます。

さてここからは実症例もいくつか紹介していきますが、それらはすべて、「医師の診断の結果が、こちらとは異なっていたケース」になっています。「ほかの柔整師の診立てが、こちらとは異なっていたケース」は含まれていません。しかしこれは、ことさら柔整師と対比して医師の診断についてだけ言及しようという恣意的な意図によるものではありません。

これは単純な理由によるものです。
私が拝見した患者さんの多くは、「当院にくる前に病院も接骨院も受診しておらず当院が初めてという方」以外は、ほとんどが「先に医師を受診した後に当院に来院された方」であって、「ほかの接骨院を受診した後に当院に来院された方」がほぼいなかったからです。そういう理由で柔整師が診立てを誤っていた症例を見つけた経験が少ないというだけのことです。

医師と柔整師を対比して論述する意図ではないことについては、誤解のないようにお願いします。

私がここまでの主張する根拠~私が実際に経験してきた、甚大な数の「見落とし重大症例」

ここからは、少なくとも私自身が実際に臨床で経験してきた「患者さんの実症例」という根拠に基づいて申し述べていきます。

私は開業して約30年になりますが、すべての患者さんの初診時からの全カルテを現在まで破棄せず保存しています。5年の保管義務期間が過ぎても1枚たりとも破棄していません。紹介状も医師からの報告書もすべて保存しています。画像データや臨床検査データや手術に関する医師の説明書の写しも保管しています。さらには患者同意の上で撮影した身体所見の写真や動画などの関連情報があるものについても、それらすべてを保存しています。つまり30年間の間に私が拝見してきた全患者さんの全臨床情報を1日も欠落させることなくすべて記録した膨大な量の「決定的な根拠」を、私は今現在も手元に持っています。

私が患者さんを診て、既に下っていた医師の診断とは異なる疾患の疑いに行き着いたケースは多数あります。その内容も経緯もすべて一言一句漏らさずカルテに記録しています。そして患者さんご自身やご家族の同意が得られなかったごく僅かな例外を除いて、そのほぼすべての症例を、信頼できる別の専門医に紹介してきました。その結果かなりの高確率で、私が疑った通りの疾患であると確定診断され、それまでとは異なる適切な治療が行われてきました。

これらは数としても甚大な量です。100例200例というレベルではありません。私の肌感覚では、おそらくもう一桁は上回っていると思います。

私の接骨院は本当に小さな規模の接骨院で、毎日の来院患者数も新規患者数も決して多いほうではありません。それでも医師が診断を誤っていた患者さんを私のような柔整師が発見し、専門医に紹介せねばならなかった症例が、これだけの数あるのです。

これは一般国民からすれば衝撃的な数字でしょう。

しかもその中には生命を左右する疾患や、そのままでは重度の後遺障害を来すような疾患も、驚くほど数多く含まれていました。患者さんに一定以上の非常に深刻な影響を与えた重大症例に絞っても、その数は数百例には上るでしょう。

こちらで発見した医師の誤診症例には具体的にどんな疾患があったのか

数が多いのでそれらの症例を一つ一つ書き出すことは出来ませんが、実態を大まかにイメージ出来るようにその中のごく一部の疾患名だけでも少し紹介しておきましょう。

以下に挙げる症例はすべて、患者さんが私の接骨院を訪れる前に医師を受診していた症例です。その医師の診察では見つからなかったか別の診断が下されていた患者さんを、私が直接拝見して、行き着いた疑い疾患名から、紹介が必要だと判断して専門医に送り、以下の確定診断名が下ったものばかりです。これらのほとんどは私が疑った疾患あるいは疾患群に該当する疾患でした。

たとえば、

  • 脳神経外科・神経内科疾患であれば、くも膜下出血、脳梗塞、脳腫瘍(聴神経腫瘍や髄膜腫や下垂体腫瘍など)、脳海綿状血管腫、群発頭痛、パーキンソン病、重症筋無力症など
  • 心臓血管外科・循環器疾患であれば、心不全、心筋梗塞、心停止を伴った洞不全症候群、急性上肢動脈閉塞、閉塞性動脈硬化症、深部静脈血栓症、Blue toe syndromeなど
  • 悪性腫瘍であれば、甲状腺癌、乳癌、皮膚癌、悪性リンパ腫、食道癌や肝臓癌や後腹膜膜腫瘍(サルコーマ)や珍しい小腸腫瘍その他、胸腹部内臓悪性腫瘍など

そのほかにも、こういった症例は「ほぼすべての診療科」にわたっています。

それ以外に、整形外科医が正しく診断していなかったか、あるいは見落としていた整形外科疾患は、特に症例数がたくさんあります。

その中からごく一部を挙げてみます。

  • 外傷性疾患であれば、「単なるぎっくり腰と言われて牽引治療を継続され偽関節に至っていた重度の圧迫骨折」、「足関節脱臼骨折に伴って発生していた腓骨筋腱脱臼を見落としたまま同じ整形外科医が3回手術を行ったが、脱臼していた腓骨筋腱が整復障害因子となっていたため3回とも脱臼整復が出来ず、結局そのまま放置して2年後に関節固定術を行う予定とされていた例」など
  • 脊椎脊髄外科疾患であれば、脊髄髄内腫瘍、脊髄髄外腫瘍、手術適応の重度脊髄疾患(後縦靭帯骨化症・頚椎ヘルニア・頚部脊柱管狭窄症、脊髄係留症候群など)、手術適応の重度の神経根・馬尾神経障害(椎間板ヘルニア・黄色靭帯内血種・すべり症・脊柱管狭窄症など)
  • 骨・軟部腫瘍性疾患であれば、手術適応の神経鞘腫・グロームス腫瘍・足底繊維腫症・骨軟骨種・関節内ガングリオンや、転移性骨腫瘍など
  • 骨壊死・変性疾患であれば、膝骨壊死・大腿骨頭壊死・脆弱性軟骨下骨骨折など
  • 絞扼性神経障害であれば、「頚椎由来とされていた重度の手根管症候群」、同じく「頚椎由来とされ手遅れになり筋腱移行術しか既に手立てがなくなっていた重度の後骨間神経麻痺」など
  • リウマチ性疾患であれば、「30代で両膝と両手関節と肩関節足関節などの腫れと痛みを訴えながらも、それぞれ肩関節周囲炎や腱鞘炎として同じ整形外科で長期間にわたり漫然と注射や湿布の治療をされていた慢性関節リウマチ」など
  • 感染症・炎症性疾患であれば、「足関節捻挫とされていた蜂窩織炎」、「多量の化膿性関節液の貯留が認められた人工膝関節術後感染症」など

このほかにも非常の多くのものがあります。
しかもこれらの疾患の多くは、それぞれ1例だけではなく複数例あります。
多いものは1つの疾患につき数十例も経験したものもありました。

また1人の医師が見落としていたものばかりではありません。
3人4人以上の医師が連続して見落としていたものもありました。

そしてクリニックで見落とされていたものばかりでもありません。
総合病院や大学病院で見落とされていたものもありました。

これらの多くが入院となり、信頼できる専門医のもとで手術や専門的治療の開始となりました。
繰り返しますが今挙げたのは全体の一部に過ぎません。

そしてこれらすべての症例は、私たちの施術所で行える基本的な「問診」と「身体所見」のみによって発見されました。

信頼できる医師はもちろんたくさんいます。私が心から尊敬し信頼している医師は本当にたくさんいます。
しかしこの結果が示している通り、基本的な「問診」と「身体所見」をおろそかにする医師が実在しているのも、また事実です。
こういう過誤の問題は、患者さんには大きな影響を与えます。
患者さんの生活や健康や、生命が脅かされる事態を招きます。
場合によっては取り返しがつかない最悪の事態に至ったこともありました。

これは患者さん自身やその家族にとってはもちろん、日本社会全体にとってもそのまま放置していてはならない問題だと、私は強く考えています。

念のため申し添えますが、私は医師という職業集団そのものを批判しているのではありません。
「その中に属する一部の医師、それも看過できない数の医師の行為が招いた結末」、そこに対し強い懸念を持っているのです。

Visited 285 times, 242 visit(s) today

1 2 3 4